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百九十五 旅人、腹いせに嫌がらせをする

 仮にこの世界では成人している相手とは言え、まだ幼さの残る子供を蹴り飛ばしてしまったことに僅かな罪悪感を覚えないことも無かったのだが、イタロス家の別荘と花畑を燃やされた恨み、エラダ伯爵邸を燃やされた辛み、ヴェニアを殺されかけた憎みなどを思い出して、まあ殺しはしないが痛い目には合ってもらおうと思える程度には、この世界の価値観に自分が染まってしまっていたことに気付いた。

 取り敢えず気絶していることを確認した後、身ぐるみを全て剥がして魔道具らしきものを全て没収した後に再び服を着せ、商人の家だから縄くらいあるだろうという適当な気持ちで探したのに見つかった荒縄で少年の手足を縛り、人と接触しないようハルの雲に乗って適当な物陰に移動し、念を入れてハルの霧で俺と少年を覆ってもらった。

 ハルとヴェニアには霧の外で待ってもらい、俺は少年が目を覚ますのを待った。身ぐるみを剥がした時に怪我がどの程度かもついでに確認したが骨が折れている様子も無く正常な呼吸をしていたので、十中八九気を失っているだけなのだろう。

 やがて、少年は目を覚ました。ぼんやりとした面持ちで周囲を見回し、正面で恐らく仏頂面をしている俺を見付けて、段々と朧げな意識がはっきりとしてきたのか、ひっ、という小さな悲鳴を上げた。

「おはよう少年。俺の質問に正直に答えるなら、俺は君に危害を加えない。ちなみに」

 そう言って、懐から黒縁眼鏡を取り出して掛けた。

「この魔道具は嘘を見抜く能力があるので、くれぐれも嘘はつかないことだ」

 無論、はったりである。

「だ、誰がお前の質問なんかに答えるかよ。俺は仲間を売らねえ」

 俺は知っていることとはいえ、今この少年は仲間が存在することをばらした。うん、早速仲間を売ったな。

「よろしい。では、君に相応の制裁を与えよう」

 そう言いながら、俺は身ぐるみを剥がすついでに素足にした少年の足を手に取り、その足裏をさわさわと触った。始めの内は懸命に堪える様子を見せていた少年も、次第に身をよじらせて暴れ出す。

 くすぐりの良い所は、本来の拷問としての役目に加え、呪文の詠唱を中断させることも出来るという点にある。

 一分程くすぐり続けた後、俺は指の動きを止めた。

 少年は息を切らしながら、恨みがましく俺を見た。

「絶対に話さないからな!」

「まだ何も質問していないのに反抗的な態度を取るとは。仕方がない」

 俺はくすぐりを続けた。

 前世でぼおっと生きていた俺はテレビの中の五歳児に叱られて知ったのだが、くすぐったいという感覚は虫という人間の敵から身を守るための防御反応であり、一見けらけら笑っているように見えるのは単純に嫌がっているのである。そう、くすぐられるのは不快なのだ。

 どこかのタイミングで召喚魔法によりこの場から消えるだろうと思いきや、目の前の少年はなかなか消えることは無く、気付けば五分ほど彼をくすぐり続けていた。

 同人誌に描写されるような惚けた顔になった少年は、呂律の回らない下で「しゃ、しゃべりゃないにょ」と力なく呟いた。正直元々話してくれるとは思っておらず、個人的な腹いせでしかない。だが、アーカヴィーヴァ、改めアクアに実行した時とは比べ物にならないほどの良い反応を前に、俺は無意識の内に口角を緩めていた。

「なあ少年。正直に言わないと、もっとすごいことになっちゃうよ」

 耳元で呟くような意図的に掠れさせた声で彼に話しかけた。状況を知っている人から見ても、俺は完全に悪役なのだろう。

「しゅ、しゅぎょいこと?」

 例え時間と共に足裏のくすぐりに慣れていったとしても、まだ脇腹、脇、喉元、手の平、膝小僧など、くすぐりのレパートリーはいくらでもある。ふふふ、どこから攻めてやろうか。

 俺が頭の中で情報を吐き出させるという建前を完全に見失っていると、ハルとヴェニアが霧の中に入って来た。

 正直、ハルはまだ霧にトラウマがあるのかもしれないと思っていたのだが、彼女の顔色が悪いということは無かった。だが、非常に切羽詰まっている様子だった。

「ラック。周り囲まれてるよ」

「・・・・・・まじで?」

「その子と同じマントを羽織った人達です」

 ハルの説明をヴェニアが補足してくれた。どうやら、俺達は大勢のマクマホンの構成員たちに、周囲を囲まれているらしい。

 どうしたものかと思い、何気なく力なく倒れている少年に目をやる。彼の体の表面に魔力が集まっている個所は見受けられない。ということは、恐らく体内に何かが仕込まれているのだろう。そして、その何かによって位置の特定をすることが出来たのに、この少年を帰還させない。一つ、何らかの原因で召喚魔法が使えない。二つ、召喚魔法を使うことが出来るが、敢えて使わずに俺達を取り囲んだ。

「なあ少年。君達って仲良いの?」

「あたりまえにゃろ。おれてゃちのきじゅなはぜったいにゃ」

 少年の言葉から推測するに、多分一つ目の理由だな。そして召喚魔法を使うことが出来ない原因は、恐らくハルの霧だ。詳しい理由はわからないが、霧の認識疎外効果が空間そのものにも働いているという屁理屈を押し通すと、何となく納得できる。まあ、実際の所は別の理由があるのだろうが。

 つまり、霧から出たら少年を逃がしてしまうし攻撃にもさらされてしまうし、非常に危険ということになる。はてさて、どうしたものか?

「ハル、この少年の口の中に、霧を詰め込むことは出来るか?」

「やってみる」

 するとあっさり、霧、もしくは雲が少年の腹の中へと消えていった。

「少年、この霧は特別でな、近付いたものを追い返す性質がある。これがどういう意味か分かるかい?」

「にゃ、にゃんだよ」

 どうやら、少しずつくすぐりの症状から解放されている様だ。少しだけ顔付きがキリっとしている。

「食べ物が喉を通らないということだ」

「うしょだろ!」

 嘘である。というか、多分通る。

「もし魔法を外してほしかったら、今まで俺に与えた損害分をちゃあんと保証するようにお前の所のリーダーに言うんだな」

「なんの話だよ」

「じゃあそういうことで。ハル、雲出して」

「はーい」

 俺はその場に少年を放置すると、ハルの雲に三人で乗った。霧を解除した瞬間に勢いよく飛び出し、十数人いたマクマホンのメンバーをその場に置き去りにしてどんどん遠くへと逃げた。

 マクマホンの連中に追いかけてくる様子はなく、彼らは仲間を救出すると、直ぐに光となって消えた。

 ロクフイユ商会に戻る前に、俺の都合で一旦宿の方へと戻ってもらった。そして部屋に置いてあった通信用の魔道具を起動させると、通信に出たセバスチャンに開口一番に言った。

「マクマホンの拠点。わかったかもしれません」



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