百九十三 旅人、商人と再会する
あまりにも劇的な飛空船の登場に、吹き曝しとなった部屋の端でふらふらと足をもたつかせる客が何人も現れたが、彼らは予め壁際に待機していた使用人たちによって体を支えられ、建物の外に落ちていくことは無かった。
船がそのまま空中に吹かんでいるような形になっている飛空船と呼ばれた乗り物は、何の力によってか進路を変えると、そのまま海の方へと飛んでいった。
「明朝正午に我々は飛空船を運航させます。搭乗を希望される方は、ぜひとも港に来てください」
デイビスの言葉を合図に、吹きさらしの部屋は再び壁で閉じられた。開閉式の壁なぞ使い心地が悪かろうにと思ったが、よく見れば昨夜の爆破で吹き飛んだ壁に応急処置を施していただけであったらしく、転んでもただでは起きないデイビスの不屈の精神が伺えた。
人々は一斉にデイビスの許に集まり、あれは何だと、自分も乗りたいと、口々に彼に向って言葉を投げかけた。無論デイビスは聖徳太子ではないのでその全てを捌くことなどできないので、聴衆を静かにさせた後、彼は一言口にした。
「質問は順番にお答えしますので、皆さま慌てずに」
それからパーティーは徐々に落ち着きを取り戻していったが、デイビスの周囲には絶えず熱気が立ち込めているようだった。
誰か一人にでも声を掛けてゴンベエ・ナナシノのことを聞き出したかったが、どうやら話しかけられる雰囲気ではなくなってしまった。
どうしようかと何気なくヴェニアの方を見れば、数人の若い男達がヴェニアに話しかけていたので、とりあえず全員一発ずつぶん殴ってから弁明を聞いたふりしてやろうと思い彼女の方へ歩を向けると、ぽんっと軽く肩を叩かれて俺は歩みを止めた。
振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。
俺がまだマリアの故郷にいた時に別荘の花畑のことを教えてくれて、更にスティヴァレ伯爵が養子を取ろうとしているという噂まで教えてくれた、あの商人だ。
「貴方は・・・・・・」
「はは。名前は覚えてないか。アントニオだ、アントニオ。久しぶりだな、ラック」
「お久しぶりです。もう三年、いや、四年ぶりになりますか?」
「そんなもんかねえ。しかし、お前さんにこんな所で会うとは」
「俺も驚きですよ。──────そうだ! あの時俺が言ったことを覚えていますか? 俺の親友で冒険者のエイブのことを」
「もちろんだとも!」
アントニオがちらりと視線を向けた先ではエイブが商人と話をしていたが、こちらの視線に気付くと彼は手を上げて返事をする。
「お前さんにあいつの話を聞かされた後直ぐに会うことが出来てな。今となっては大したことじゃあねえが、駆け出しの冒険者にとっちゃそこそこの世話をしてやったんだぞ。今の第剛健者エイブがいるのは俺のお蔭と行っても過言じゃねえ」
「さすが大商人。慧眼です」
「もっと褒めろい。ちなみに、俺はあれからこのロクフイユ商会の傘下に入ってだな。エイブがこのパーティーに呼ばれたのも俺の伝手ってこった」
「最高です!」
「そいつは知ってる。・・・・・・まあ、まさか偶々出会ったガキから聞かされた冒険者が、本当に英雄様になるとは思わなかったよ」
「ははは。そればっかりはエイブの努力の賜物です」
「そいつはちげえねえ。・・・・・・所でラック。お前さんはどうしてここへ?」
「エイブの伝手ですね。俺も冒険者になりまして」
「はっはっは。無名の冒険者にパトロンはつかねえよ」
「アントニオさんはエイブに支援したんでしょ?」
「俺は例外よ。まあ、俺がお前さんを支援してやるってこともあるかもだぜ?」
「大丈夫です。金には困ってないんで」
「だったら何で来たんだよ・・・・・・」
「・・・・・・実は、少し情報を集めてまして」
俺は声を低めてアントニオに話しかけた。
「そいつは商人の得意分野だ」
「ゴンベエ・ナナシノ、という人間を探しているんです」
「・・・・・・聞いたことはある。だが、商人の間じゃおとぎ話扱いだぜ?」
「聞かせてください」
「仕方ねえ。再会を祝してただで教えてやるよ。そのゴンベエ・ナナシノは眉目秀麗な男で、各地の孤児たちを金を払ってまで引き取ってるんだ。噂では、魔法の生贄に使っているだとか、他国で奴隷として売っているだとか言われてるぜ」
「・・・・・・なるほど」
「あ、お前さてはこのくらいの情報は知ってたな?」
「・・・・・・はは。すいません」
「謝るな。こいつは俺の失態だ。仕方ねえ。こいつはとっておきだぜ。そのゴンベエ・ナナシノが現れる地域でな、必ず孤児の数が減っているんだ」
「孤児を全員引き取っているなら減って当然なのでは?」
「いや、そうじゃねえ。毎年必ず、孤児は一定数現れていたんだ。育てられなくて捨てられる子供は必ずいるからな。その数が、減っているんだ」
「その孤児の数の減少に、ゴンベエ・ナナシノが関与していると?」
「あくまで推測だよ。でも、面白いだろ?」
「・・・・・・はい。最高です!」
「そいつは知ってる」
ゴンベエ・ナナシノがどんな人間かはわからない。ただ、彼が何か大きな力を持っていることだけは間違いない。
「情報、ありがとうございます」
「良いってことよ。・・・・・・所で、あの美女、お前の知り合い?」
アントニオが指差した方を見れば、先程の倍の男がヴェニアに群がっていた。
「妻です!」
俺は急いでヴェニアの許に駆け寄り彼女の手を掴むと、すたこらと会場を飛び出した。