百九十 旅人、使い走りにされる
エイブが起こした大雨が止むころには、街の火はほぼすべて消えていた。冒険者の行動は非常に早く、俺とヴェニアとハルが数人を救助している内に港から街の中心部まで駆けつけてきて、立ち所に数十人の人々を瓦礫の下から救い出していた。魔法って本当に便利だ。
魔法が使えない俺は冒険者の一団が到着してからというもの完全にお払い箱であり、やむなく食事処の炊き出しを手伝うことになった。
行方不明者なし、死者と生存者の合計が推定被害者の数と一致したという報告を受けた後、俺達は解散する運びとなった。
ヴェニアとハルに疲労の色が現れていたので、俺達は宿に戻った。・・・・・・恥ずかしながら、多分俺が一番に眠った。
翌朝。来ないかとも思ったが朝冒険者ギルドにいると、少し遅れてエイブがやって来た。
「ごめん遅れて」
「構わないよ。昨日はどうだった?」
「精霊ってやつ? なんかすばしっこく動き回る肉食獣みたいなやつを結界で囲んで、中を単純に魔力で充満させてみたんだよ。そしたら気付いたらいなくなってた」
「うん。その倒し方で正解」
「その後、被災者の救助に向かって。僕の依頼主の家っていうこともあって」
そうだったのか。
「依頼主は?」
エイブは目を瞑り、首を横に振った。推測するに、どうやら精霊はウィル・ロクフイユを狙ったのではないか?
「息子さんの方は無事でね。彼を救助したら、人が集まるまで護衛をしてくれないかと頼まれてね。そのまま屋敷に居たんだ」
「それじゃあ眠れてないんじゃないのか?」
「いや、明け方に眠って、ついさっき起きたとこなんだ」
「そうか。体調悪かったら無理するなよ」
「大丈夫だよ。・・・・・・所で、今日のことだけど」
「止めるか?」
「いや、少し手伝ってほしいことがあるんだ」
「手伝ってほしいこと?」
「ああ。君にうってつけの仕事さ」
俺にうってつけの仕事って何だよ。
結論から言えば、それは郵便配達の仕事であった。大商人ウィル・ロクフイユの死と、彼の息子デイビス・ロクフイユが商会を引き継ぐという旨の手紙を、クブルス島に支部を構える全ての商会の許に手紙を届けるという作業だ。
俺がいたおかげで一時間以内に済んで良かったね、本当に。
仕事を終えて戻ってくると、壊れていないロクフイユ商会クブルス支部の建物の一室で、エイブとヴェニアとハル、そしてデイビス・ロクフイユが優雅にお茶を飲みながら談笑していた。正直、デイビスをぶん殴ってやろうかと思った。
「もう終わらせたのか! 心からの感謝を貴方に。そして、本当にすまない。エイブ殿の紹介とは言え、無理をさせる形となってしまって」
「イエイエオキニナサラズ」
「おお。何という寛大なお方だ。道理で、この様な美しい女性を妻に迎えられるわけだ」
俺は横目でエイブに合図を送った。デイビスはヴェニアに何か変なことをしてはいないかと。エイブからずっと話をしていただけだ、という意図の合図が送られてきたような気がしたので、デイビスを殴るのは頭の中でだけにしといた。
イラつく相手を脳内でデンプシーロールを用いてタコ殴りにするのは前世からのストレス発散法だ。唯一の問題は上司が格闘経験者であったことで、想像の中でも上司に勝つことは難しかった。
「明日のパーティーにはぜひとも出席してくれ」
明日のパーティー?
「元々企画されていたとはいえ、父を失った為に中止をするということは、この商会の為にはならないと判断したんだ。なに、あまり気負うことなく、気楽に参加してくれ」
「・・・・・・はあ。わかりました」
パーティーに参加できることになったのは非常にありがたいが、お父さん亡くしたの昨日じゃなかったけこの人。もしや貴方が計画した殺人なのでは?
大体こういうことを俺が考えているときは、真実とは相違するのである。きっと、このデイビスという男は、商会という組織の為の個人の感情を押し殺して行動しているのだろう。実に理性的な男だ。
「しかし、君の奥方は本当に美しい。知らなければ、危うく口説いていた所だよ」
ちっとも理性的じゃねえなこの男。やっぱり一発程殴っておこうか?
「では、俺達はこの辺で」
「ちょっと待ちたまえ」
待ちたくは無いが仕方なく俺は体の動きを止めた。
「君達、服が無ければ、当日のドレスはこちらで準備しよう」
非常にありがたい申し出だった。
昼を回る頃には瓦礫の撤去すら終わり、既に建物の修繕作業へと入っていた。実質的な建物の被害はロクフイユ商会の建物だけであり、他の周囲の建物は少し表面が焦げた程度で済んだようだった。
「今回の件、巷ではアーティストの仕業とか囁かれているんだ」
「アーティスト?」
ロクフイユ商会から移動している道すがら、エイブがそんなことを話した。
「今エイジャ王国で噂の犯罪者だよ。芸術と称して爆破活動を行っているらしいんだ」
何だそいつは。岡本太郎と岸本斉史に謝れ。
「でも、今回はその模倣犯だ。そうだろ?」
エイブが尋ねてくる。
「アーティストってやつのことは知らないが、俺は別の人間の仕業だと思ってるよ」
「心当たりがあるんだな」
「ああ。マクマホンってやつらだ。まあ今の所、どういうやつらかはさっぱりわからないんだが。そいつらは魔物やら精霊やらを使った行動を好む」
「それって、魔物を操るって意味」
「恐らく」
「・・・・・・それじゃあ、あの時のドラゴンも、そのマクマホンって連中が操っていたって君は思っているのか?」
きっとエイブの頭の中には、数年前のイタロス家の花畑を焼き尽くしたドラゴンの顔が浮かんでいるはずだ。その化け物は、彼自身が討伐したのだが。
「一応な」
「そんなことが出来るなら、そいつら、簡単にこの国を乗っ取れるんじゃないのか?」
「出来るけどしないのか、そもそもできないのかはわからない。目的が何なのかわからないからな」
いや、きっとマクマホン達の目的は、エデンを楽しませることなのだろう。
「もしかして、君はそいつらの情報を集めるためにこの島に来たんじゃないのか? この島は商人の島であり、二つの国の情報が最も集まる場所だ」
「・・・・・・ないしょ」
俺は唇に人差し指を当て、悪戯っぽく笑った。エイブが困ったような顔をするので、そんな顔をするなよとごまかすように彼の背中を叩いた。
そのまま俺達は冒険者ギルドへと一緒に向かった。