百八十六 旅人、友人と再会する
船の上で優雅な夕食に舌鼓を打った後、クーニャが俺達の部屋にやって来た。
「クブルス島についてからの話はどこまで聞いているのかしら」
「何も聞いてない」
俺が正直に告白すると、クーニャは呆れた様な顔をした。
「スルビヤ・バロン・バルカンも言っていたけど、貴方の上司って本当に適当ね」
「スルビヤがセバスチャンの愚痴を言っていたのか!? そいつはぜひとも聞きたかったな」
「別に愚痴を言っては無かったわよ。指示がほとんどないから現場の独断で構わないと言っていただけよ」
文脈から推測する限り、スルビヤがクーニャと取引しようとした時の話だろうか。恐らく、クーニャが「上に指示を仰がなくても大丈夫なのか」と尋ねた所にスルビヤが「現場の独断で構わない」と切り返したのだろう。
スルビヤは人の心を読む超能力を持っているから、恐らく既にセバスチャンの本質を掴んでいるに違いない。
「ちなみに、クブルス島はどういうとこか知ってる?」
「えっと・・・・・・」
「グリス領の一部ですが、現在は商人による自治都市として発展しており、エウロペ王国とエイジャ王国の重要な貿易地点となっています」
そうスラスラと口にしたのは、ベッドの上でハルに膝枕しているヴェニアであった。どうしてそんなことを知っているのかと一瞬思いはしたが、彼女はグリス伯爵の血族だ。知っていても不思議はない。
「その通りです。・・・・・・ルシウス。貴方にやってもらうのは、ゴンベエ・ナナシノに関する調査よ」
ゴンベエ・ナナシノ。クーニャの属する国も情報を欲しがる重要人物。
「俺は調査結果を君に渡せばいいんだな」
「そういうことです」
ここで話を区切ってもいいように感じたが、俺はもう少し踏み込んで聞いてみることにした。
「ちなみに、君が持っている情報はくれないのか?」
「現在調査中よ」
「でも、君はこの島にゴンベエ・ナナシノの情報があることを知っている。それはこの島にゴンベエ・ナナシノの拠点や情報が集まる場所が存在することを知っているが、自分達では手を出せない状況にある、ということじゃないのか?」
くすりとクーニャは笑った。
「そこまで言うなら、どこに情報があるのかわかっているんじゃない?」
「・・・・・・商人の許か」
「この島の商人達は異常なまでに警戒心が高いわ。だからこそ、彼らに近付くには相応の身分を持った人間が必要なの」
貴族? いや、違う。自治都市を支える為の、貴族と同等の暴力が必要なはずだ。
「冒険者か」
「現在エウロペ国で最も有名な冒険者が、貴方の村の出身なのよ」
その時俺の頭に浮かんだ顔は、ただ一つであった。
クブルス島に着くなり俺は直ぐに船を降り、栄華を極める港町などには一切目もくれず、クーニャが教えてくれた情報を頼りに、真っ直ぐ島の冒険者ギルドへと向かった。
絢爛豪華な建物の扉を一切の躊躇いなく潜り、目的の人物の顔を恥ずかしげもなく首を大きく振って探した。
見付けると同時に、小走りで彼の許に駆け寄った。
椅子に座っていた青年は俺に気付くと、半ば反射的に立ち上がって俺の方を見る。向こうの口角が緩んでいく様子を見ると、俺の顔にも間違いなく笑みが浮かんでいるのだろう。
「エイブ!」
「ラック?」
俺達は周囲の目も気にせず抱擁した。
「久しぶりだな! と言ってもまだ半年くらいか」
今年の春頃、エイブがドラゴンを討伐したことをふと思い出す。
「確かにまだそれくらいだけど・・・・・・。ていうか、どうしてこんな所に?」
「いろいろあってさ。エイブの話を聞いたから飛んできたんだ」
「ははっ。・・・・・・これでも、少しは有名になったんだよ」
「聞いた聞いた! でも、お前の口から聞かせてくれよ」
「もちろん! ・・・・・・所で、後ろの方は?」
後ろを向くと、少し困った様子のヴェニアと、特に何も考えていなさそうなハルがいた。
「こっちが俺の奥さん」
「ヴェニアです・・・・・・」
「でこっちが俺の子供」
「ハルです!」
「・・・・・・ちょっと何を言っているのかわからないんだけど・・・・・・、ラック、君結婚したのか?」
「そういうこと?」
「何で疑問形なんだよ! ていうか子供ってどういうこと!?」
「まあまあまあ。色々あったんだよ。詳しく話すから、どこかくつろげる所に行かないか?」
「・・・・・・わかった。このクブルス島で一番美味い食事処に行こう」
エイブとの思わぬ再会に喜びつつ、彼にどこまで話して、どこまで協力してもらうべきなのかを、俺は頭の片隅で考えていた。