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百八十四 旅人、船を見る

 夜が更け、ハルが寝静まったころ。俺はヴェニアを抱きかかえ、バルカン家の屋敷へと向かった。

 夜遅いということもあり人の動きや明かりは見受けられず、念のため黒縁眼鏡を掛けて確認するも屋敷に結界の類や魔法などが掛けられている様子も無い。

 朝侵入した記憶を頼りに。俺はヴェニアを目的の部屋へと運んだ。

 その部屋のバルコニーに着くと、窓を開け、ヴェニアは中へと入って行く。俺は外から彼女の様子を見守ることにした。

「誰ですか・・・・・・?」

 擦り切れる寸前の様な声が聞こえてきた。

「ヴェニアです」

「・・・・・・そうですか。ついに、天国からのお迎えが来ましたか」

「グリス伯爵。私、この度結婚することになりました」

「死んでから愛する人を見付けるなんて、運が良いのか悪いのか」

「・・・・・・私は今、幸せです・・・・・・」

 ヴェニアの声が、僅かに震えているような気がした。

「そうですか。やはり、そちらの世界は幸せに満ちているのでしょうね」

 先程から、まともな会話になっていないことは、恐らくヴェニアも重々承知しているのだろう。これは彼女が果たすべき義理であり、けじめなのだ。

「本当に、幸せです」

 ヴェニアはそう言い残すと、俺の許へと戻って来た。彼女は何も言わなかったが、俺はヴェニアを抱きかかえてバルカン家を離れた。



 それから数日後、俺達の許に案内人を名乗る人物がやって来た。正直予想通りの人選で驚きはなかったのだが、しかし実際にその人物を目の前にすると、俺はこの身この心の底で行き場を無くし彷徨っている怒りの矛先をその人物に向けたくなってくるのだ。

 その人物が思い込んでいることを訂正させないように、俺は懐から取り出した黒縁眼鏡を掛けて応対した。

「案内人は君だったのか。クーニャ・トリスタン」

「どうしてわかったのかしら。・・・・・・よろしく、ルシウス・イタロスさん」

 俺の見た目には今までと変わらず黒い肌の女性として彼女が見えているのだが、ヴェニアは見覚えが無い様で、クーニャを見ても平然としていた。

「それにしても貴方、子供がいたのね。・・・・・・随分と大きいけど」

 わかっていてわざわざ子供というあたりが厭味ったらしいなあ。

「父はラック。母はヴェニア」

 今思えばハルには人見知りという概念が無いのだろう。初対面のクーニャに対して堂々と嘘であり真でもある言葉を叩きつけた。

 君がいつも通りだと俺も安心するよ。

「・・・・・・あの、これからどちらへ向かうんでしょうか?」

 ヴェニアの至極当然の質問に、俺は思わずはっとした。今までは行けと言われた所に行き、特に指示も与えられずに行動をしていた。つまり、情報が無い状況に慣れきっていたのだ。

 いくらクーニャが協力者、いや、案内人であるとはいえ、彼女を信用しきって特に疑問を抱かずに後ろを付いて行くのは諜報員の在り方として果たしていかがなものなのだろうか。

「今から貴方たちには、港で船に乗り、クブルス島に向かってもらいます」

 クブルス島ってどこだよ。ていうか船か。この世界で鳥の背中と馬の背中には乗ったことがあるから、実質陸と空の乗り物は体験したと言っても過言ではないだろう。しかし、海の乗り物はまだ一度もない。異世界の船か。少し楽しみだな。

「・・・・・・船って、まさか、海を渡るつもりですか?」

 そう言ったヴェニアの顔は、何故か青ざめていた。

「はい。そのまさかです」

「海は魔力の密度が高く、未知の化物がひしめく魔境ですよ。船が航海するだなんて、正気の沙汰ではありません」

 ヴェニアの口から突然の物騒な単語のオンパレードだ。海ってそんなにやばいの? マリアの故郷は海に面していたけど、そんな話は聞いてないよ。・・・・・・でも、確かに海水浴、という概念をこの世界で耳にしたり目にしたりしたことがないぞ。

「心配ご無用。ついてくればわかります」

 そう言うクーニャに対し、ヴェニアは不信感に満ちた視線を向けていた。一方俺は「海ってそんなに危険なのかあ」と思うだけであったし、ハルに至っては恐らく「船ってなあに?」と考えているであろう顔をしていた。

 そんな三者三葉の俺達が港に着けば、全員一様に言葉を失うことになった。

 港に隣接するように、全長五十メートルはあろうかという巨大なクジラが海に浮かんでいたのだ。

 だが、もしそれだけであったなら、抱いた感情は驚きよりも恐怖が勝っていたかもしれない。そのクジラの上に、俺が見慣れた船の形の木造建築がくっついていたのだ。

「皆さんには、こちらに乗っていただきます」

 俺達の度肝を抜いたことがさぞ気持ちよかったのだろう。満面の笑みでクーニャがそう言った。俺は彼女に声を掛けられたところでようやく我を取り戻したが、ヴェニアは俺が肩をゆするまでずっと呆気に取られていたようだった。そしてハルに至っては、いくら肩をゆすってを意識が肉体に戻ってこないようで、やむなく動かない彼女を俺が抱えて船に乗り込むことになった。



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