百八十三 旅人、錬金術師の後をつける
翌朝。俺が目を覚ました時には既に、ヴェニアは起きていた。彼女がいつもと変わらない様子で過ごしていたので、俺もいつもと変わらない接し方をした。
結局一晩中戻ってこなかったハルを探しに外に出てみると、宿の屋根の上にひつじ雲を出して大の字になって寝転がっていた。寝相がトトロみたいで俺は思わず笑ってしまった。
ハルを起こし、ヴェニアとハルと俺の三人で朝食を食べ、冒険者ギルドへと向かい、カイトの護衛をしながらひたすら南に下った。
いくつかの町を経由した後、俺達はグリス領へと辿り着いた。
グリス領に着いた所で、街の冒険者ギルドへと向かい依頼完了の手続きをして報酬を獲得。その後カイトと別れた。
セバスチャンにグリス領到着の報告を入れると、彼は「案内人が来るまで待機」とだけ伝えてきた。
予想外の空き時間が生まれた。案内人とやらに接触するまでの時間にバルカン家の屋敷へと向かうことも出来なくはないが、ヴェニアからそれを提案されるまで、俺は自分から話しに出すつもりはなかった。
どうしようかとヴェニアに尋ねると、彼女は俺の服の袖を掴んで言った。
「カイトの後を、つけてもらえませんか?」
彼女の意図することは直ぐにわかったので、俺は頷き、直ぐにカイトの後を追った。
カイトは細道に入ることなく大通りを進んでいたし、彼の進行方向は俺の、いや、ヴェニアの予想通りであったので直ぐに見つけることが出来た。
彼はルーシ領からグリス領へときた足で、真っ直ぐに貴族の住まう大きな屋敷へと向かっていた。領地に貴族の屋敷は一つしかあるまい。間違いなく、彼はバルカン家の屋敷へと向かっていたのだ。
カイトが屋敷の中へと入って行ったのを見届けた後、俺はヴェニアの所へと戻った。
ハルと一緒に、やや不安そうな面持ちで待っていたヴェニアは、俺が戻ってくるとはっと顔を上げて、懇願するように尋ねてきた。
「どうでしたか?」
「・・・・・・カイトは、バルカン家の屋敷に入って行ったよ」
「・・・・・・そうでしたか」
安心したような、でもどこか悲しいような、なんとも言えない表情でヴェニアは虚空を見詰めていた。心配そうに彼女を見守るハルが、ヴェニアの手をぎゅっと握った。その思いやりに思わずヴェニアの顔がほころんだようで、彼女はハルに対しありがとうと言った。
夜が来て、再び気を利かせたハルが宿を飛び出そうとするのを物理的に静止して、今夜は三人で布団に入った。
ハルは直ぐに夢の世界へと旅立ったようだが、ヴェニアはなかなか寝付けないようで、彼女の様子を心配していた俺は、彼女が眠りに就くまで何となく眠れずにいたが、それを悟られまいと平生通りの寝息だけは立てておいた。
明くる日の朝。セバスチャンからの報告も特になく、案内人とやらの接触も無かったので、俺はヴェニアに少し出かけてくるとだけ言ってバルカンの屋敷へと向かった。
木の葉に身を隠し、天井に潜み、ドアの後ろで気配を殺すなどして、バルカンの屋敷の至る所で使用人の噂話に耳を傾けた。
噂話を総合するならば、余命が長くないと医者に告げられた現グリス伯爵が一縷の望みをかけてルーシ領で名を上げていた錬金術師を頼ったが、結局彼の薬でも治らなかったということになる。
俺はヴェニアの所に戻って、その話を彼女にした。彼女は「そっか」と呟いた後、何も言わずに黙り込んでしまった。
もしもグリス伯爵の命が風前の灯である理由が病気であるのならば、急いで魔法学園へと戻り玉手箱を取りに行けば助けられるのかもしれない。だが、恐らくは病気というよりも寿命という感じだろうし、そもそも助ける助けないという問題の話でもないように思う。
これは、どう死ぬか、という話なのだ。
「ラック」
ぽつり、とヴェニアが呟いた。
「どうした?」
「・・・・・・一つ、お願いがあるの」
「ああ。何でも聞くぞ」
彼女がまだ何も言っていなくても、俺ははっきりとそう言うことが出来た。ふっとヴェニアは笑って、「ありがとう」と口にした。