百八十 旅人、冒険者になる
訓練場から戻って来た俺とヴェニアは、受付嬢から冒険者カードという分厚いカードを受け取った。これは個人情報を記録するカードで、本人しか使えない特性の魔道具らしい。平たく言えば生体認証付きのクレジットカードと言ったところだろうか。
薬草採取といういかにも初心者が受けそうな依頼を引き受け、俺達は冒険者ギルドを出た。
ハルの作ったひつじ雲に乗ってキーイウ近くの森の中にさっと飛び、せこせこと薬草を採取する。
「それにしても、ル、ック、実は強かったんですね」
「実はってなんだよ」
「いえ。こう、私が知っている貴方は、どことなくやられているイメージが強かったので」
確かに、俺はヴェニアに金的を喰らって行動不能に陥り、女神様の謎の力に逆らえずに女体化してヴェニアの玩具に成り、果てはヴェニアに命を救われるというありさまだ。
そうでなくとも俺が基本的に倒せるのは普通の人間くらいなもので、魔法を使われたら基本的に即死であり、誰かや何かの助けがなければ即死、という場面など多々あった。
「うーん。言われてみれば、俺はそんなに強くないはず。子供の頃も、ボーパルバニーよりかは速かったが、だからといって倒せたわけじゃなかった。・・・・・・もしかすると、今もこの体はレベルアップし続けているのかもしれない」
「レベルアップ?」
魔法学園の学生しか知らないような専門用語を耳にして、頭上にはてなマークを浮かべながらハルは尋ねてきた。
「ああ。魔力が身体の成長を促進しているという考えだよ。例えば」
そこまで言って、ふと、ハルが元人間であり、今彼女の体が精霊の様な魔力の塊になっているのは、レベルアップのせいなのではないかと思った。
ハルの体とレベルアップの関係のことを考えていたせいで俺の口の動きが止まり、その様子を不思議そうに眺めるハルの視線に気が付いて、俺は先程の魔物ボーパルバニーを例に挙げ、ウサギが魔物になるというレベルアップの考えをかくかくしかじかと説明した。
ほお、と意を得たような反応を見せたハルは、「つまりラックは魔物?」と尋ねてきた。
「まあ、分類上はそうだろうな」
「それじゃあ、討伐対象にされちゃいますね」
冗談とわかり切った態度でヴェニアが言うので、俺も思わず笑ってしまった。だが、あながち冗談では済まされない可能性が存在していることも頭の片隅で把握していた。
ケルンの例を過激なものとは見ないとすると、俺のように魔力を持たないとはいかないまでも、ほとんど魔力を保有しない平民が俺のように皆レベルアップしたとしたら、それは、貴族と平民の力関係を逆転させ得るほどの大事件となるだろう。
そう言う意味で言えば、かなり簡単にレベルアップは行える、という研究結果を示したシモンが早々に魔法学園から追い出されるというのは、かなりあり得る話と言えるだろう。
「それにしても、ラッ・・・・・・クは薬草を見付けるのが上手いですね」
俺が話の片手間に軽く薬草を採取している様子に感心しながらヴェニアが訪ねた。
「まあ、昔森の中をずっとうろついていた経験があるから。その時に薬草も見分けられるようになったんだよ」
森で飛び回っていた頃をふと思い出し、懐かしさを感じた。マリア、元気にしているだろうか。エイブ、まあ、あいつは元気だろうな。
そんなこんなで手早く薬草を採取し、俺達はキーイウの町へと戻った。
午後から出発したというのに日が沈む前に依頼を達成した俺達のことを、心底驚いた様子で受付嬢は見ていた。
チート能力持ちの異世界転生ものがこんな展開かと思うといい気分にはなったが、しかしチート能力があればわざわざ薬草採取なんてしないだろうと思うと、少しの空しさを覚えた。
薬草採取の小銭を獲得し、グリス領への移動がてらに行える依頼を受けた後、俺達は宿屋へと向かい、三人川の字に並んでその日を終えた。