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百七十九 旅人、魔物と闘う

 先程のヴェニアの行動に意表を突かれてしまった俺は、意趣返しをしてやろうという意地悪な気持ちが働き、待合席に並んで座る上の空の様子のヴェニアの肩をちょんちょんと突き、彼女の意識を現実に引き戻してから、いじめてやろうという気で無意識の内ににやけてしまう口角を必死に引き締めつつヴェニアに話しかけた。

「さっきの名前だけど、今後もあの名前で行くつもりなの?」

「一応私、公には死んだことになっているんですよね? それってもう、貴族としては結婚できないってことじゃないですか。だったら、せめて書類の上では、ね?」

 そう上目遣いに言ってくるヴェニアの対応は、あくまでも俺の予想の範疇を越えることはなかった。が、以前は彼女の上目遣いの効果は俺に少しの動揺をきたすか来さないか程度のものでしかしなかったはずが、今では全てを許可してやりたい衝動に駆られるほどの破壊力を持っているように感じられた。しかし、この時の俺は性格が悪かった。

「じゃあ書類通り、俺のことは「ラック」って呼んでくれよ」

「あ・・・・・・」

 そう言われて、ヴェニアの目が右へ左へと踊り出す。彼女の唇がラ行の音を作ろうとしているが、それより先のカ行の音を出すのに苦戦しているようだった。

「いや、出来ないんだったら別にいいんだけど」

「出来ますよ、出来ます。・・・・・・ただ、今までそう言う風に呼んでいなかったから少しだけ呂律が回らないだけですから」

「ほうほう。じゃあ早く言ってみてよ」

「ラッッッッッ・・・・・・ック」

「え? 何だって?」

「今呼んだじゃないですか! はいおしまい!」

 すっぱりと切り上げたヴェニアを横目ににやにやと笑う俺を見て、何か面白いことでもあったのかとハルが話しかけてきた。

「ラック。何かあったの?」

「ハルの方がヴェニアより一歩先んじてるって話だよ」

 そう言ってハルの頭を撫でると、「えっへん」とハルは鼻を鳴らした。

 そうこうしていると、先程の受付嬢が俺達の許にやって来て、どこかへと案内し始めた。行き先もわからぬまま受付嬢の後に付いて行くと、辿り着いたのは床が砂で覆われた一片が五十メートルほどの広さがある正方形の部屋だった。

 きっとここは訓練場だろうなと思っていると、俺達の前に体格のいい屈強な男が現れた。

「俺は試験官のビリーだ。よろしく」

 俺とヴェニア、加えてハルまでもが彼と握手を交わした後、ビリーは説明を始めた。

「あんたたちは字の読み書きができるみたいだし、恐らく元貴族というのも本当なんだろう。ちなみに、魔物を狩った経験は?」

「俺はあります」

そう言って、ちらりとヴェニアの方を見る。

「私は無いです」

「そうか。あんたらは常識もありそうだから、冒険者になるための条件はまあ一つだけだ。自分の身を自分で守れるかってこと。今からここにボーパルバニーという魔物を召喚するから、二人で闘ってもらう。倒す必要は無いが、ある程度立ちまわれなければ、訓練生からやってもらうからな」

「訓練生とはなんですか?」

「ただでさえ冒険者の死亡率が高いことを問題視した稀有な貴族様が設けた制度さ。一定以上の戦闘力がない志望者は訓練生として決められた戦闘課題を全てこなすまで冒険者になれないってな。・・・・・・まあ、そのお陰で冒険者の死亡率も減ったし、質も上がったから、ありがたいことこの上ないんだけどな。兎に角、一定時間魔物から身を守れればそれでいい」

 ビリーがそう言った後、受付嬢が何かの魔道具を起動させた。すると、部屋の真ん中にドーム状の結界が出現した。

「お前たちは今からあの中に入ってくれ。その後魔物を中に入れるから、そこから三十分間、自分たちの命を守ってくれ。危なくなったら直ぐ助けに入る」

「・・・・・・これって、俺一人で受けることは出来ませんか?」

「駄目だ。必ず二人で受けてくれ」

「・・・・・・わかりました」

 俺はヴェニアと共に結界の方へと移動する途中、彼女に小声で話しかける。

「ヴェニア、魔物が投入される前から『業火』とか何でもいいから、魔法の呪文を唱えておいてくれ。危なくなったら直ぐに魔法を放って、俺を巻き込んでも良いから身を守るんだ」

「巻き込んでも良いって、ルシ・・・・・・ックはどうするんですか?」

「ボーパルバニーは何度か闘ったことがあるから、速く動いて攪乱させて、気絶させることが出来るかどうか試してみる」

「・・・・・・怪我、しないでくださいね」

「大丈夫。ヴェニアも気を付けてくれよ。いざという時は、絶対に俺が守るから」

「・・・・・・よろしくお願いします」

 俺達が結界の中に入った後、ビリーが魔道具を起動させた。どうやら、俺の黄金の笛と同じ召喚魔法が使える笛型の魔道具の様で、結界の中に首輪の付けられたボーパルバニーが出現した。

 ヴェニアが呪文を唱え終わっていることを確認し、俺は魔物に向き直る。

 ボーパルバニーが俺を認識した瞬間に、俺は全力で真横に飛び魔物の視界から抜け出す。しかし、ボーパルバニーもかなり速い速度域で活動している生き物だ。ウサギは俺が飛び去った軌跡を目でとらえていたのか、顔を横に向けた。その瞳には、俺の姿がはっきりと映っていた。

 そしてその瞳に映る俺の姿は瞬く間に大きくなっていった。というのも、ボーパルバニーが顔を横に向けた時にはもう、俺はそいつに飛び蹴りを放っていたからだ。

 魔物の顔に俺の脚はしっかりとめり込み、ボーパルバニーはゴロゴロと歩く程度の遅い速度で転がった。派手に吹っ飛んでいないのであまり効いていないのかとも思ったが、ボーパルバニーは直ぐには起き上がってこなかった。


「今だヴェニア!」

「ストップ!」


 俺とビリーの声がほぼ同時に響いた。ヴェニアは魔法を放とうとしていたが、ボーパルバニーの前にビリーが飛び込んできたので、やむなく発動を中断した。

「ストップストップ。もういい。そこまでだ」

「まだウサギが生きてますよ」

「誰も殺せなんて言ってないだろ。ここまでだ。お前たちは合格。今日から晴れて冒険者だ」

「でも」

「でももだってもない。貴重な魔物を殺さないでくれ」

「はあ、わかりました」

 ボーパルバニーは光に包まれて消え、俺達を覆っていた結界も消え去った。

 どこか釈然としなかったが、すごいすごいと手を叩いて喜ぶハルの姿を見て、まあ、これでもいいかな、と少しだけ思えた。



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