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百七十七 旅人、少女の過去を知る

「私が子供の頃、祖父が繰り返し語ってくれました。祖父の子供の頃に、結界の向こう側に行って帰ってこられなくなった女の子がいると。この絵を見せて、何度も、何度も語ってくれたのです。もしかしたら、貴方も聞かれたことがあるのでは?」

 懐かしそうに思い出を語る老神父は、そう言って歌を口ずさんだ。それは俺の耳にとても馴染んだ旋律だった。『森に入った女の子』であった。マリアの故郷にいた十二年間、繰り返し、繰り返し耳にした歌だ。所々細かい部分は異なっていたが、それでも間違いなく、この世界に来て最も耳になじんだ歌だった。

「俺の故郷でも、耳にタコができるくらい聞かされました」

「本当ですか? 祖父がこれ以上結界を越えることによる被害者が出ないようにと、吟遊詩人に頼んで歌を各地に広めてもらったそうですが、なにぶんこの地から離れたことがないもので、正直半信半疑だったんですが」

 目の前の老神父。見るからに定年退職は迎えている年齢だ。その祖父ということは、もしかすると百年ほど前になるのだろうか。すると、ハルの見た目は十歳と少し、実年齢は百歳越えの俗に言う「ロリババ」に当たる存在なのでは? しかし、吸血鬼か何かだと思っていたが、人間だと? 人間が精霊の様な体になったっていうのか?

「・・・・・・すいません。少し興奮してしまったようで。冷静に考えたら、ヘルヴェティアさんが生きていらっしゃるはずありませんよね」

「ハルはヘルヴェティアじゃないぞ。父はラック。母はヴェニアだ」

「これはこれは、大変失礼を。・・・・・・ラックさん、随分と可愛い娘さんをお持ちで」

「・・・・・・あー、はい。そうですね」

 なんだか、一々否定して回るのも面倒だな。

「それで、話なんですが、以前この地に住んでいた、ナオミという女性をご存じですか?」

「ああ、知っていますとも。数年前に魔法学園に入学した才女ですな。彼女は平民ながら魔法の才があったので、魔法に明るい神父が彼女を王都に連れて行き、魔法学園という魔法に関する教育を執り行っている学校に通うことになったのです。それで、彼女がどうかされましたか?」

「彼女の友人でして、王都で知り合ったのですが、ここしばらく見かけなくなりましてね。故郷に戻っているのかと思い訪ねてみたのですが」

「帰ってきた、という話は聞きませんな」

「そう、ですか・・・・・・」

「折角来てくださったのです。ここはぜひこの教会に泊まってください。ナオミの話や王都の話をぜひ聞きたいです」

「それは、こちらからお願いしたいくらいです」

 俺達は老神父の配慮で教会に泊まることが出来るようになり、ヴェニアとハルを連れて町を歩き、人々に話を聞いて回った。どの話も一度耳にしたことがある情報しか出てこず、俺は少し溜息を吐きたい気分になりながら教会へと戻った。

 神父との会話に花を咲かせる途中、俺は偶然にもナオミが「孤児」であるという事実を掘り下げて聞くことが出来た。

 なんでも、この地はルーシ領と近く、土地の領有を巡るものなど、長きに渡り村や町同士の小競り合いが起きているらしい。今は比較的落ち着いてきている様だが、それでも小競り合いは起き、ナオミの様な子供がいなくならないらしい。

「しかし、今この教会には子供がいないようですが?」

「はい。ここ最近、各地の孤児を集めてまとめて面倒を見てくれる人が現れまして」

「大変素晴らしい行動をしている方ですが、どこかの貴族でしょうか?」

「ゴンベエ・ナナシノという方です。ここいらの貴族ではないと思いますが」

 俺は思わず口に含んでいた食事を机の上にぶちまけそうになった。以前、ヘレナとの会話で出てきた怪しさ満点の名前じゃないか。

「俺も聞き覚えがないですねえ。どのような方なのですか?」

「大変立派なお方です。神への信仰心も篤く、まだ子供を無条件に、自らの損得を顧みずお救いなさるのですから」

「それは、何年ほど前からでしょうか?」

「そうですね。ナオミがいなくなってからですから、三、四年ほど前からかと」

「今も、ここに現れるのですか?」

「現れる、と言えば現れますが、本当にいつ来るかはわかりません。また、最近この辺りでは孤児が発生していないので、彼が来る理由もありませんよ。最も彼が来ないのは残念ですが、孤児が現れないことは良いことなので、複雑な気分ではありますが」

 俺ははははと笑いながら、その怪しさ満点の人物について考えていた。



 魔道具を通じて連絡を取ると、出たのはセバスチャンだった。恐らく、スルビヤが出たのが特別な場合だったのだろう。俺はセバスチャンに手に入れた情報を全て流すと、しばしの沈黙が訪れた。恐らく、セバスチャンは考え事をしているのだろう。

『ハルさんといい、ナオミさんといい、その地近辺には強力な魔法が頻繁に現れるようですね』

 ご長寿の貴方からしたら百年なんて大した時間ではないかもしれませんが、俺からしたらちっとも頻繁じゃないですけどね。・・・・・・まあ、そういう嫌味は置いといて。

「ゴンベエ・ナナシノは、魔法を扱う能力が高い子供達を意図的に集めている、ということでしょうか?」

『ゴンベエ・ナナシノの存在が確認された他の地でも、時折魔法の能力が高い子供たちが現れているそうです』

セバスチャンは現在、ゴンベエ・ナナシノを特に注目して調べているらしい。確かに、彼はヘレナにも関わっているし、名前が明らかに日本のネタだ。どう考えても、転生者かそれに類する何かであることは間違いない。それも、この世界の知識を持った。

『今日は待機してください。明朝再度連絡します』

 そう言って、セバスチャンからの通信は切れた。

 魔道具でセバスチャンと通信している間、反対の手でずっとその手を握られていたヴェニアは、眠そうに欠伸をして、開いた口を手で覆った。

「眠い?」

「まだ大丈夫」

「・・・・・・いや、明日早いだろうから、今日はもう寝よう」

 そう言って、俺はヴェニアから手を放す。野宿している間も、眠るときはヴェニアのそばを離れていた。さすがに泣き疲れて眠ってしまった時のように、ヴェニアと同じベッドで眠る度胸が俺には無かったからだ。

 老神父に案内された部屋は一部屋で、無論ベッドは一つしかない。俺は当然ヴェニアとハルが使うのだろうと思い、床に寝そべる準備をしようとした。


「───────一緒に、寝ませんか?」


 俺は反射的にヴェニアの方を向く。蝋燭の僅かな明かりが部屋を照らすのみで、赤い光の中では彼女の顔色を確認することが出来ない。だが、その言葉が冗談ではないことだけはわかった。

 心臓が跳ね上がり、言葉が上手く出てこなかった。

 どうする。どうするよ俺? そのまんまの意味かもしれないぞ? いやどう考えてもそのまんまの意味だろ、ハルがいるし。いや、だからって同じベッドで眠るって言うのは。けど、もう結婚しようって言ったんだし、問題ないじゃん? だから、問題ないとかあるとかいう問題じゃなくない? しかし、ひよりんやらへたれんという汚名を返上する絶好の機会では?


「俺──────」

「───────寝る~」


 ぴょんとベッドにハルが飛び込んだ。彼女の行動で少しだけ緊張がほぐれた。ハルを真ん中にして、三人川の字になって眠った。



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