百七十六 旅人、友人の故郷へ行く
日が経っていくとさすがに四六時中手を繋がずとも平静でいられるようになったが、しかしヴェニアの近くにいないと気が収まらないようになってしまっていた。
あまりにそばにいると鬱陶しがられると思ったが、「行動の邪魔をしなければ構いません」というヴェニアさんからのありがたいお言葉をいただき、俺は彼女のすぐそばに居続けた。
スルビヤから伝えられたセバスチャンの指令は、ナオミの故郷に行けというもので、俺は現在、馬車と馬を買い、荷台にハルを乗せ、御者台にヴェニアと二人並んで馬を走らせていた。
ハルの雲に乗って移動した方が早いだろうと考えたが、スルビヤから「もう魔法学園には戻ってこないだろうから、馬車は持っておいた方がいい」と言われ購入した。
正直金の心配が多々あったのだが、ヴェニアが救出してくれた誰かに多額の金を渡されていたらしく、今はそれを切り崩して生活をしている。・・・・・・このお金が借金でないことを心の底から祈りながら。
ナオミの故郷は俺達がいた王都からルーシ領へと至る街道の町から北上した位置にあり、王都からルーシ領の移動に比べればかなり近いはずなのだが、それでも数日はかかった。
道中、最早隠す意味なしと、俺は自分が天網という秘密結社に属していることをヴェニアとハルに話した。二人ともあまり関心がない様子で、俺としては少し物悲しい気分になった。
以前アーカヴィーヴァ、いや、アクアが話していたが、天網と言うのはあくまでも噂話程度の存在でしかなく、ヴェニアの反応は妥当だと言えるし、ハルに至ってはそういうこともあるのか、程度の認識でしかないだろう。
個人的にはマクマホンという更に蔭しか見せない一団と敵対しているという緊張感があった為に、あまりに人に知られていないという実情は、秘密結社としては適切であっても、そこに属している人間の気持ちとしては何とも言えないものがあった。
「これから、こうやって、私達ずっと旅をするんですよね?」
手際よく料理の準備をしながら、ヴェニアは俺にそう言ってきた。正直前世でも異世界でも料理など全くしてこなかった俺にとって、彼女の手さばきがあまりにも流麗であった為に、俺は驚きを持って彼女の手元を眺めながら、ふと我に返ってヴェニアの問いに答えた。
「恐らくそうだと思う。まあ、野宿はそんなにしないと思うけど」
デクという前例の顔を思い出しつつ、俺も冒険者になるか、と思っていた。
「ならいいの」
ヴェニアは嬉しそうに笑っていた。
ナオミの生まれた町は、これといって特徴のない平凡な町だった。近くに貴族の屋敷があるわけでもなく、何か特別な建物や場所であるということもない。そう言う意味では、マリアの故郷と似ていた。
まずは教会に寄り、話を聞くことにした。神父というのは町の人々からの信頼が厚く、それでいて長年一つの町にいるのならばその町の事情にも詳しい。そんな神父と信仰を深めて損はないはずだ。
教会の門をくぐると、やけに年老いた老神父が俺達を出迎えた。俺が自己紹介を済ませた後、彼は俺と握手を交わし、ヴェニアと挨拶をし、そしてハルに目を向けて、その細く切れていた目をかっと大きく開いた。
「へ、へ、ヘルヴェティア、さん、ですか?」
「誰それ」
ハル、君がそれを言うのか。
「失礼ですが、ヘルヴェティアさんというのは?」
「し、少々お待ちください」
そう言って、神父は奥に引っ込んだ。暫くして何かを手に持って戻って来た老神父は、俺達にそれを見せてきた。
それは、非常に精巧に、緻密に描かれた絵であった。その絵の中に、楽しそうに笑うハルそっくりの少女が描かれていた。