百七十四 学生、電話の様な何かをする
ヴェニアが目覚めると、己の昨日の醜態からまともに顔を見ることが出来ずにいたが、どうしても彼女の存在を確かめておきたくなり、何も言わず、彼女の手を握ってその日一日を過ごすこととなった。
ヴェニアも何も言わずに握り返してくれたので、恐らくは嫌がってはいないのだろう、と思うことにした。
ハルが起きてこなかったので、無理に起こすことをせず、二人で朝食を食べた。利き手を使えなかったので食べ辛いことこの上なかったが、俺がどうしても手を放したくなかった。
食後、特にすることも無く部屋で時間を潰しつつ、機を見てヴェニアに何があったのかを尋ねた。
彼女も良くわかっていなかったようで、彼女を移送している一団が町に泊まっている時に、見知らぬ誰かが助け出してくれたようだった。その誰かに案内されて、俺とヴェニアが再開した場所まで行き、そこに着くと見知らぬ誰かは立ち去ってしまい、後は俺が来るまでずっと待っていたという。
その見知らぬ誰かを知る手掛かりが欲しかったのだが、俺がヴェニアと会うことが出来たのはハルのお蔭であり、彼女が何かを知っているかもしれない。俺はハルが目を覚ますまで、ヴェニアと手を繋いだまま、ただただ時が過ぎるのを待った。正直、何かを話しかけようにも言葉が上手く出てこず、間違いなく彼女を退屈させてしまっただろう。
数時間後、ようやくハルが目を覚ました。彼女は俺とヴェニアを見るや否や、「仲良し」と言ってにっこりと笑った。
「ハル。昨日のことなんだけど、どうして俺をヴェニアの許にまで連れてくることが出来たんだ?」
「指示があったから」
「指示?」
「それだよ」
そう言ってハルが指差した方向に目を向けると、そこにはボタン付きベル型の魔道具があった。これは俺がヴェニア救出作戦結構前に、スルビヤが渡してくれたものだ。
「・・・・・・ここから、スルビヤの指示があったってことか?」
「うん」
ハルの返事を、俺はちらとだけ疑わしく思ってしまった。ハルが言っていることが真実なら、ヴェニア救出を手引きしたのはスルビヤである、ということになる。もしその計画が初めからあり、俺に計画の成功を伝えるために魔道具を渡してくれたのだとしたら、どうして予め俺に教えてくれなかったのだろうか?
その理由として考えられるのは、俺を囮に使った、という理由だ。俺がヴェニアを助けに行く裏で救出作戦を決行することで、邪魔をされる可能性を減らすことが出来るということだ。
だが、この仮定の裏にある前提は、スルビヤがマクマホンの襲撃を知っていた、というものだ。どうしてスルビヤはマクマホンの襲撃を知っていたのか。どうして襲撃があることを俺に知らせてくれなかったのか。他にも考えることが浮かんでくる。
ヴェニアの手を引いたまま魔道具に近付き、そのボタンを押す。これ、俺には使えるのだろうか? 前回俺がボタンを押した時には何も聞こえなかったのだが。
『もしもし、ラックか?』
もしもしだと?
前世で慣れ親しんだ文化に驚きつつ、聞こえてきた声がスルビヤのものであることを確認することが出来た。魔道具を顔に近付けて言葉を紡ぐ。
「ああ、そうだよ。スルビヤ、色々と聞きたいことがあるんだが」
『もちろん。昨日は何故かラックが通信に出てくれなかったからな』
「俺が前回話しかけようとした時、お前出なかっただろ」
『多分、何らかの理由で一時的に魔法による波が乱れたんだ。この魔道具、空気の振動じゃない波を使って声を送っているらしいんだが、ハルちゃんに聞いた話によると、そっちに出た魔物は雷獣だったんだろ。恐らく、その雷獣が放った電気によって波が阻害されたんだと思う。詳しい原理はわからないが』
俺も詳しい原理はわからないが、前世の知識から何となく納得がいったよ。あと、あのオオカミ雷獣っていうんだな。
「まず、スルビヤ。お前は何をどこまで知っていたんだ」
『その前にさ、そこにヴェニアいる?』
「いるけど」
『内容が内容だから、ね』
「すまんがヴェニアにも聞かせるぞ」
『隠してたんじゃなかったの?』
「極めて恣意的な理由により事情を明かすこととなった」
『恣意的な理由?』
「さっきから、何の話しているんですか?」
ヴェニアに尋ねられたので、俺は魔道具を顔から離し、ヴェニアの耳元で囁いた。
「今日は手を放したくないって話」
「・・・・・・言っておきますけど、ずっと手を握られているの、不便なんですからね」
「え、ごめん」
少ししゅんとなって手を放そうとするが、何故か彼女の手の握りは強くなった。
「・・・・・・今日は許してあげます」
何故だか無性に抱きしめたくなったので、一度ヴェニアを抱きしめた後、俺はスルビヤとの会話を再開した。
「すまん。話を続けてくれ」
『今の沈黙で俺は全てを察したからな』
「・・・・・・話を続けて」
ふと我に返り、猛烈に恥ずかしくなったが、意地でもヴェニアの手を放すことはしなかった。
『まず、今回の計画だけど、クーニャ・トリスタンがマクマホンから抜けた、というか潜入を辞めた為に、別のマクマホンの人間がケルンに接触を図ろうとしたところから話が始まる。だが、その計画は失敗したみたいだ。ケルンが彼らとの接触を拒否したから。もう誰も信じられなかったんだろうな。その後、新興宗教に嵌って、神様に選ばれて、暴走してヴェニアに燃やされた』
「それで、どの段階でマクマホンが絡んでいるってことになるんだ?」
『最初から、かな』
「・・・・・・意味がわからないんだが」
『ケルンの暴走と死は、予言されていたってこと』
ナオミの影がちらつくが、それでも疑問は消えない。彼女はクーニャと手を組んでいるのではなかったか? それともそれは俺の勘違いだったのだろうか。
そしてそもそも、予言の内容をどうやってスルビヤは手に入れたのだろうか。
「どうしてお前が予言の内容を知っているんだ?」
『クーニャとね、取引したんだよ』
突然の展開に、俺は頭痛が痛くなる思いがした。