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百七十二 学生、救出できず

 ヴェニアを運ぶ一団が王城を出発してから、彼らに気付かれないように俺はこっそりその後を付けた。

 ヴェニアは檻の中に入れられており、その檻は馬車に引かれていた。そして、幾人もの騎士たちがその馬車を取り囲んでいた。

 仮に騎士一人一人の強さがレン並みであったとしたら、俺一人の力でヴェニアを救出することは到底不可能だろう。しかし、今俺にはハルがいる。彼女の霧を使うことで、一切の邪魔をされることなく、安全にヴェニアを救出することが出来る。

 問題は襲撃場所だ。王都の近くだと、直ぐに救援がやってくる恐れがある。また町の近くでも霧の被害が町に及ぶかもしれない。丁度、以前俺が襲われた辺りは近くに町も無く、襲撃には打ってつけの場所だ。

 俺は彼らがその地に移動するまでの数日間、根気強く彼らの後を付けた。



 街道の脇の木々の中に身を潜めながら、俺が襲撃を予定している場所に彼らが到着するのを辛抱強く待った。ハルには彼らが来たら霧を使うように既に言ってあるので、抜かりはない。そう思っていた。

 ヴェニアを運ぶ一団が予定の地点に辿り着き、俺がハルに指示を出そうとした。


 瞬間、まばゆいばかりの光線が、ヴェニアが入っていた檻を丸ごと飲み込んだ。


その光線の衝撃波で馬車を囲んでいた騎士たちは吹き飛び、風は離れた場所で身を隠している俺達の許まで吹いていた。

 以前にも、この光線を見たことがある。森の中で、エイブが闘っていたオオカミが放ったものだ。そして例の如く、光線が通過した後には何も残っていなかった。

 何も残っていなかった。

 ウマの下半身はえぐり取られ、そのウマに引かれていた馬車は、宙を舞う僅かな切れ端を残して形を失った。無論、その馬車に積まれていた檻は跡形もなく、その檻の中に居た人間は塵一つ残していない。

 頭が真っ白になって、考えることが出来なくなっていた。

 無意識に伸ばした手は黄金の笛を掴むが、そこに魔力は溜まっておらず、そもそもその笛を吹くことで何がどうなるわけでもなかった。

 ただ、反射的に、いつも縋っていたものに縋っていた。

 時間と共に、僅かに働くようになった理性が、記憶から遠隔通信用の魔道具の存在を思いこさせた。俺はそのボタンを押した。

 しかし、何も返事はない。何度押しても、結果は変わらなかった。

 そうか。俺に魔力が無いのがいけないのか。

 そう思って、その魔道具をハルに渡して押させた。しかし、ハルは何も起きないと言ってきた。

 無意識に天を見上げて、ふと自分を転生させた女神様の存在を思い出した。彼女に対して心の中で語り掛けるが、返事は何も帰ってこなかった。

 ハルは、これからどうするの、と俺に尋ねてくる。そう言えば、彼女にはヴェニアが檻の中に居ることを伝えていなかったことを思い出す。

 ちょっと待ってね、とだけハルに行った。

 伝えていなくて良かったと思った自分がいたので、思いきり自分の顔を自分で殴った。ハルが心配してきたので、眠気覚ましだと言ってごまかした。

 そして、頭の中にオオカミの姿が浮かんできた。ハルにここで待っていてと言って、俺は木から木へと飛び移り一人で森の奥へと向かった。

 光線が飛んできた方を奥へ奥へと探すと、マントで身を包みフードで顔を覆った人間と、その人間の横を並んで歩くオオカミがいた。

 まず人間の背後に降り立つとそいつの頭を木に叩きつけた。動かないことを確認して気絶したと判断すると、その隙にオオカミが俺に向けて閃光を放った。

 俺は光に覆われるが、その光線は俺の周囲を球状に避けていく。魔除けの石の効力は、相変わらず絶大だった。

 しかしこの狼、俺が結界を使っていなければ、危うく主人を巻き込むところだったぞ。こいつはお仕置きが必要だな。

 光が消えた後、その中から俺が現れたことに驚くような仕草を見せたオオカミの顔を蹴り上げる。その後、とりあえずオオカミが動かなくなるまで拳や足を振り抜いた。

 いつまでも気絶しないなあと思っていたら、どうやらこのオオカミ、既に死んでいるようだ。呆気ない。まあ、こいつが居るか。

 そう思って、フードを被った人間に顔を向けるが、いつの間にかいなくなっていた。おかしい、気絶させたはずと思い、ふと、彼らが誰かの召喚魔法によって消える、ということを思い出した。どうやら、少しだけ正常な判断が出来ていないようだった。

 しかし、何故俺はこんなにもオオカミなんかに執着していたんだろうか。

 その時、空からハルが降ってきた。俺を追いかけてきたのだろう。彼女はこっち来てと言って、俺の手を引き、筋斗雲に乗せた。一体どこに行こうというのか。

 しかし、俺に行く当てなどなかった。

 ハルの目指す場所がどこかはわからないが、全て彼女に任せる気でいた。

きっと、手持ち無沙汰で悪戯をしたい気分だったのだろう。俺の前に座るハルを、後ろからぎゅっと抱きしめた。

 ラック、痛い、と彼女が言うので、抱きしめる力を少し弱めた。しかし、何故だか放す気にはなれなかった。

 ラックが痛い、と彼女が言った。

 何の話だろう。ハルは、よしよしと俺の頭を撫でた。

 ハルは俺の頭を撫でてきっと満足げな顔をしているはずなのだろうが、視界がぼやけて、その顔をつぶさに見ることが出来なかった。




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