百七十一 学生、救出に向けて動く
「・・・・・・何を言っているんだ?」
「ヴェニアは今、王城の地下にいる。アテネ姉上に頼んで王城の地下牢にヴェニアを入れてもらったんだ。あそこは監視が厳しいから、魔法学園の地下牢のように逃げ出したり誰かが気軽に助け出せたりするような場所ではないからね」
「そうじゃなくて、お前は、どうしてそんなことをしたんだ。・・・・・・妹を、助けようとは思わなかったのかよ」
「ラック。俺は無理矢理連れて行ったわけじゃない。ヴェニアも納得してくれたんだ。彼女が刑罰から逃げ出せば、俺や他のバルカンの人間に被害が及ぶ。いや、それは大した問題じゃない。ラック、一緒に逃げようとした君にまで、命の危険が及ぶかもしれないんだ。彼女一人の命で済むなら、安いものだろ」
「そういうことじゃないだろ」
もはや、これ以上話すことは無い。俺はハルの手を引いて、スルビヤがいる部屋を後にした。
ハルが生み出した雲に乗り、俺達はすぐさま王都に引き返した。道中会話をする余裕もなく、ハルが心配そうに俺を見ていた。
「きっと、ヴェニア元気だよ」
沈黙と俺の不安と苛立ちに包まれた様子に絶えられなかったのだろう。ハルがそんな風に俺を慰めてきた。
こんな小さい子に気を遣わせてしまった。
「ああ、そうだな」
無理やりにでも笑おうとしたが、うまく笑顔を作れた自信は無かった。
一晩中ハルが飛んでくれたおかげで、翌朝には王都に着くことが出来た。到着後、俺はハルを学生寮に置き、下男の服に着替えて王城に忍び込んだ。
手始めに地下牢へと向かおうとしたが、場所がわからず、やむなく、こういう時に力になってくれそうな人物へと話をしに向かった。
「久しぶりだな、ルシウス」
第一王子は、約束もなしに突然訪問した俺に優しく語り掛けた。
「お願いしたき議がございまして」
かくかくしかじかと、俺はヴェニアを助けることが出来ないか第一王子に頼み込んだ。彼はしばらく悩んだ後、徐に口を開いた。
「減刑は出来るだろうが、罪そのものを取り消すことは出来ないな」
「ありがとうございます」
「いや、喜べたものではない。死刑を免れたとしても、恐らくルーシ領に送られるだろう」
「ルーシ領、ですか?」
ウラルやユークレインがいる所だ。ちなみに、ユークレインは婿入りした。
「ああ。あそこには極悪人を収容する監獄が存在するんだ。ちなみに、今まで生きて出てきた人間はいない」
実質終身刑ということか。しかし、王都からルーシ領まではかなりの距離がある。移動中にヴェニアを奪えるかもしれない。
「いえ、本来失われる命を救ってくださるだけでも、殿下のお蔭でございます」
「いや、本当にそれだけしか力になれなくて済まない」
「誠に、誠にありがとうございます」
俺は深々とエングに礼をした後、念のため彼から地下牢の場所を聞き出すことに成功した。
しかし、その警備はあまりにも厳重で、結局俺は侵入することが出来なかった。
約一週間後、ヴェニアのルーシ領行きが決定した。俺はその間スルビヤとは一切話さなかった。どうしても、彼を許す気になれなかったからだ。
第一王子から移送の日程と経路を聞き出し、寝付くことが出来ないままさらに一週間を過ごした。
移送当日の朝。眠気が抜けきっていないからだが少し心配であったが、救出にはそれほど支障がないと判断した。いや、仮に支障があったとしても、俺はこの機を逃すことができない。
寝ぼけ眼のハルを起こして王城へと向かおうとする俺の前に、スルビヤが現れた。
俺は彼の口から自らの過ちを認める発言があることを期待していたが、彼は何かを俺に向かって投げてきた。
それを受け取り見れば、小さなボタンのついたベルの様な魔道具であった。これを使えば、携帯電話のように遠距離で連絡を取り合うことが出来るが、俺には魔力が無いので使うことが出来ない代物だ。
「魔道具内に魔力が溜まっていれば、押すだけで信号を送ることが出来る。受信だけは出来るから、何かあったら使ってくれ」
多分、これはスルビヤなりの思いやり、なのだろう。
「・・・・・・俺はまだ、お前のことを許してない」
「・・・・・・知ってるよ」
「でも、ありがとう」
「ああ」
俺はスルビヤからもらった魔道具をポケットにしまった。そしてハルを抱えると、スルビヤの脇を抜け、王城へと向かった。