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百六十五 学生、信仰を恐れる

 アテネの監視をしてはどうかという俺の提案に、スルビヤは難色を示した。

「というか、現在進行形で探ってはいるんだが、手紙や噂一つ出てこないんだ」

「余程警戒しているのか」

「だが、人が出入りしていたら使用人の誰かが偶然気付くことだってあるだろ? そういうことも一切ないんだ」

「クーニャは変装の達人だし、潜り込んでいるんじゃないか?」

「ここ数年、アテネ姉上の使用人の数に変化はないよ。・・・・・・推測するに、戦争の話の時だけの一時的な関係なんじゃないか?」

 なるほどねえ、と思いつつ、ちらりとスルビヤの手首を見ると、黒く丸い石がいくつも連なった腕輪を付けていた。

「・・・・・・それは?」

「アンドレからもらったんだ。信仰だとか真理だとかには興味なかったんだが、これはこれでおしゃれだと思ってさ」

 おしゃれ、なのか? 葬式とか法事とかでしか見たことないぞ。それとも異世界のファッションセンスは俺には理解できないものなのか? だが、魔法学園の制服は普通の高校生が着るような制服だ。女生徒のものだけへそやら胸元やらが出ている、などというけしからん構造には一切なっていない。それとも、若者の流行に俺だけが付いていけないだけなのか?

「・・・・・・それ付けてたら、同類扱いとかされないの?」

「同類って。まあ、異教徒に対して厳しい人間が近くに居たら外すから大丈夫だよ」

「例えば?」

「ケルン」

 何となくだが、彼は異教徒に厳しいというよりは思い込みが激しいだけなのではないかと思った。

「アンドレが言ってたよ。最近ラックが冷たいって」

「冷たい、か?」

「うん。恋人が出来たこと報告してくれないとか、何かよそよそしくなったって色々愚痴ってた」

 ヴェニアと仲良くなったのは夏休みに入る直前だし、よそよそしくなったのはアンドレの周囲の澄んだ瞳で明後日の方向を向いていらっしゃる方々が怖いだけだ。

「・・・・・・じゃあ、今夜は三人でご飯を食べよう」

「そいつは、無理かな?」

「また説法か」

 スルビヤはやれやれ、と溜息を吐きながら、コクリと頷いて肯定した。



 その日の夕食、俺とスルビヤは食堂の端で、堂々と学生たちに語り掛けるアンドレを眺めていた。出会った当初の少し頼りなさそうなアンドレの姿はどこにもなく、威風堂々とした姿で大衆の前に立っている。

「人は変わるもんだねえ」

 感心したように呟くスルビヤの横で、俺は前世で世紀末にテロ事件を引き起こした団体が生み出した宗教に対する恐怖心を色濃く受け継いだ思考の為に、今のアンドレの在り方をなかなか認めることが出来ずにいた。

 まだ、前世の価値観に縛られている。

 半ば呪いの様な価値観に少しだけ忌々しさを覚えつつ、気持ちを整えようと、ふうっと息を吐いた。その時、食堂の端で、説法を真剣に聞いているケルンの姿を目撃した。

「彼、異教徒に厳しいのでは?」

「改宗するんじゃない? エデンの信者を激しく糾弾した人の中から、歴史に名を遺す彼の信者が現れた、というのは有名な話だし。別に不思議なことは無いでしょ」

 まあ、それならいいんだが。

「ちなみに、森の中をさまよっている間、ケルンは俺について何か言ってた?」

「まあ、間違いなく、クーニャを通して君の情報を掴んでいるかな。恐らく、ルーシ領からの帰り道、ゴロツキの集団に君を襲わせたのは彼だろうね。・・・・・・復讐するなら、手伝ってあげるよ」

「しないよそんなこと」

 どちらかと言えば、俺はケルンを救ってやりたかった。しかし、俺にその力が無かった。というか、人は誰かに救われるものなのか? 人はひとりでに救われるのでは? まあ、どちらでもいいか。俺には出来なかった。ただそれだけだ。



 それから、連日のようにアンドレの説法は執り行われるようになった。段々と集まる人数が増え。やがて食堂の全ての席が埋まるようになり、立って話を聞く人々まで現れた。

 確かにアンドレの演説はうまいが、だからと言ってここまでの人間が集まってくる理由が俺には理解できなかった。

 そして、俺の夕食の時間とアンドレの説法の時間が重なった日には必ず、食堂の中にケルンの姿を見かけた。



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