百六十四 学生、本音を交わす
振り返ってみると、俺がヴェニアを好きになるような理由が何一つ見当たらない。これが意味することはただ一つ。俺は初めから、かなりヴェニアのことを気に入っていたということだ。
しかし記憶の中の俺は、どう見てもヴェニアをヤンデレだと思い警戒してしかいない。だがそれは内面的な話で、行動だけを切り取ってみれば結構自分から積極的に行動しているような気もする。耳を触るとか。
エルトリアの時もそうだったように、俺は基本的に、恋愛は一目惚れで決まるタイプの人間なのかもしれない。
今まで知ることの無かった自分の新たな一面を知り、これどう見てもチョロイン属性だろ、と思いつつ、どうして前世では恋の一つや二つが出来なかったのだと思い悩みながら廊下を歩いていると、偶然にも俺は廊下でヴェニアとすれ違った。
「ヴェニア」
「ルシウス。おはようございます」
俺は彼女をじっと見つめてみる。俺の中の容姿に関する基準は、女神様によって破壊され、エルトリアによって消滅させられてしまったが、そんな百点中九十点以下は全部ゼロみたいな全く参考にならないような基準にヴェニアを照らしてみる。
誠に申し訳ないが美人とは言えない。どちらかと言えば可愛い系というやつだろうか。いやしかし、可愛いの基準は個人の趣味嗜好によって大きく影響を受けている感覚だという話が前世の記憶の中にあるので、美の基準以外の何かにヴェニアが引っ掛かったということなのだろうか。
「・・・・・・あの、あまり見詰めないでください」
彼女は頬を赤らめ、視線を逸らしながら言う。
「ヴェニアはさ、いつ俺と結婚してもいいかなって思ったの?」
「・・・・・・それ、こんな所でする質問ですか?」
周囲を見ても人影はなく、今いる廊下はそれほど声が響くような場所ではないので、あまり大きな声を出さなければ誰かに聞かれることも無いだろう。
「じゃあ耳打ちで」
俺が耳を近づけると、彼女は止む無く、といった様子で、口を手で包みながら顔を近づけた。
「・・・・・・最初に、キスした時です」
これ自分で聞いといてかなり恥ずかしいなと思いつつ、初めて顔を合わせた時と答えなかったことにやや意外感を感じた。
「それまではどう思ってたの?」
「・・・・・・最初は、両想いになれたらなと思いつつ、何だか間の悪い人だと思っていたんですが、最初のキスの時に、単に不器用な人だったんだなあと思って、これならずっと一緒に居られるって思ったんです」
自分で想像していたよりもかなり嬉しい気持ちになっていた。いや、これもはやただいちゃついているだけでは?
「ルシウスも教えてくださいよ。いつから私のことを好きになったんですか?」
「始めから?」
「・・・・・・かっこつけなくていいです」
「そういうわけじゃなくてさ。最初は君が好意を寄せてくれたからいい気になっていたんだけども、金的を喰らってから、君の方から離れていくこともあるのかと思ってさ。途端に手放したくなったんだと思う」
胃よりも顔が熱いし手も声を振るえていた。どんな反応なのかとヴェニアを見れば、やけに嬉しそうな顔をしていた。
気付けば、俺も笑っていた。
「ラック。壁に耳あり、障子に目あり」
はっと驚いて下を向くと、そこにはハルがいた。ハルさん、最近マジで神出鬼没だわ。君が五代目アルセーヌをやるかい?
「夫婦の会話は寝室でやるべし」
「そう言う話し方、誰から教わるの?」
「世界」
スケールでかいな! いや、まあ確かにそうかもしれないが。
「・・・・・・ハルちゃん、いつから聞いてたの?」
「始めから?」
ハルがそう言うと、ヴェニアはへにゃへにゃとその場に座り込む。
「・・・・・・穴があったら入りたい」
「・・・・・・ヴェニア。俺も同じ気持ちだから大丈夫だ」
彼女は、生まれたての小鹿のようにプルプル震えている俺の脚を見ると、おかしかったのか笑い出す。
何となく、こういうのが幸せなのだと思った。