百六十一 学生、教師に話を聞く
既にアンドレは居らず、人も疎らの翌日の食堂にも、まだ昨夜の熱気がどこかしこに残っているような気がしていた。
その熱に訳も分からず苛立ちを覚えつつ、俺は朝食を掻き込んだ。
こんな時にひょっこりとスルビヤが顔を出してくれれば彼に愚痴ることも出来たのだが、彼は現在森の中をさまよい続けているケルンの監視の任に当たっている。セバスチャンには俺がやると言っておいたのだが、彼に他にやることがあるだろうと言われて、俺は何も言えず引き下がった。
俺は朝食を平らげた後、教師のいる研究室へと向かった。そこは俺と、かつてナオミが受けていた魔道具作製の授業を担当している講師の研究室だった。
「どうした?」
「少し気になることがありまして」
「なんだ? 今かけている眼鏡の改良案でも出来たのか?」
「この眼鏡はこの形で良いんですよ。俺の技術ではこれ以上フレームを細くできないですから」
そう言って、掛けていた黒縁眼鏡に指で触れた。
「今回は、魔法陣に関する質問ですよ」
「ははは。わかってるって」
なまじ一年以上同じ授業に顔を出し続けていた為か、俺はこの魔道具作製の教師とそこそこ仲良くなっていた。彼は俺の魔法陣に関する質問に真摯に答えてくれた。
そして丁度いい区切れの折、俺は教授に尋ねた。
「ちなみに、先生はナオミがここから離れることを、予め聞いていましたか?」
「いや、私も寝耳に水だったよ。しかし、確かスカンジナビアのご令嬢と仲が良かったんだろう。彼女の心情を思うと、わからなくもないかな」
「そうですか。先生は、友人を失った衝撃が原因だと」
「・・・・・・他に何があるんだ?」
教授はやや訝しむように俺を見た。
「あくまでも噂程度の話なので確証は全くないのですが、女生徒がこの学園を去る一番の理由と同じであるというのですよ」
「それは・・・・・・、初耳だな」
「ちなみに、相手の方の見当は付いていますか?」
「いや、全く。君は何か知らないのか?」
「俺も全く思いつかないのです。しかし、約一年前、俺がこの学校に来た時には既に、俺の兄、ロムルス・イタロスは、ナオミに対してあからさまに親密になろうとする行動をとっていました。しかしナオミは一切意に介さず、プロポーズすらも「他に好きな人がいる」ときっぱり断ったのです」
「つまり君は、ナオミさんがその生徒と結婚してこの魔法学園を去ったと考えているわけだ」
「まあ、生徒とは限りませんが」
俺がそう言った瞬間、明らかに教師の顔が曇った。
「君は、私とナオミさんとの関係を疑っているのか?」
「いいえ、そう言う意図で言ったわけではありません。この学園以外の人間かもしれない、という可能性のつもりで言ったのです」
「そうか。ならいいんだ。しかし、念のために言っておこう。私とナオミさんの関係は潔白だった」
「・・・・・・先生。この眼鏡の原理、ご存じですよね」
「水晶と同じ要領で、対象が発動しようとしている魔法の属性がわかるんだろ?」
「嘘発見器も、水晶と同じ要領であることはご存じでしょう」
「・・・・・・いつの間に改良を、いや、新作を作っていたんだか」
観念したように、教師は溜息を吐いた。俺は非常にすました顔で彼を見ていたが、内心はこのはったりが上手くいってすごく安心していた。
「でも、本当に、肉体関係は持っていないよ。これは嘘だと出ないだろ?」
「意外でした。ロムルスの話を聞いた限り、ナオミの想い人はこの学園の生徒だとばかり考えていたので」
「・・・・・・私個人の意見としては、ナオミさんが私に抱いていた感情は、憧れなんだと思うよ。私が彼女に魔法を教えたし、彼女に魔法学園を紹介したのも私だから」
ふと、教授の情報と記憶の中にある情報の間の齟齬に気付く。確か、ナオミは商人である父親に魔法学園について聞いたと言っていたはずだ。
「先生は、ナオミの両親についてご存じですか?」
「彼女は孤児だったんだ。私が教会で教えた子供の中の一人にナオミが居てね。彼女には素晴らしい素質があったから、王都に来る時に連れてきたんだ」
「つまり、先生が育ての親の様なものだったのですか?」
「まあ、そういうことだね」
「ちなみに、ナオミにはどのような素質があったんですか? 魔道具作製の授業をずっと受け続けていたわけですから、やはり魔道具に関するもので?」
「そうだな。何より、発想力が素晴らしかった。この世界には無かった、革新的な技術をいくつも考え出していたよ。・・・・・・彼女の意向で、どれも公開していないが」
知識チート、ということなのだろうか。
「その技術の中に、人形に関するものはありますか?」
「人形、とは少し違うかもしれないが、ゴーレムに関するものならあるぞ。丁度、君達と死霊術の話をした後に思いついたらしい」
「その話、詳しく聞かせてもらえますか?」
教師の話を端的にまとめると、ゴーレムの姿を変換する機構をゴーレムの行動の中に組み込む、というものだ。
ゴーレムとは、予め指令を刻んだ核を土や木などに埋めることで指令通りに動き出す機械だ。起動時に「ゴーレム」として扱われる境界を特に指定することなしに、木の人形が木の人形として動く、つまり、胴体や片手だけが勝手に動いたりせず、人形全体が動き出している。つまり、その人形がどこからどこまでか、という情報を自動で決定していることから、その境界の決定も指令に組み込めるのではないかと、ナオミは考えたらしい。
もしナオミが予めルフィの襲撃の情報を知っていたとしたら、ナオミの姿そっくりのゴーレムを配置しておくことも出来る。実際、ナオミの姿をパーティー会場で見なかったわけだから、裏で色々と行動していたという可能性は十分あり得る。
「・・・・・・ちなみに、先生はナオミのことをどう思っていたんですか?」
冗談半分のつもりで教師のそう尋ねると、嫌そうな顔をするのではないか、という予想に反して悲しげな顔をした。
「今更言葉にしても、仕方のないことだ」
俺は何故だか胸がいっぱいになって、それ以上追及することが出来なかった。