百五十八 学生、友人の意外な一面を知る
それからのデートにおいて、ヴェニアは終始ご機嫌な様子であった。理由は全くわからないが、体調が悪かったり俺が怒らせてしまったことが長引いたりしているわけではないので、俺は心の底からほっとしていた。
終わりよければ全て良し! そう思うことにした。
日が傾いた頃、俺とヴェニアは手を繋いだまま横並びで歩いていた。向かう先は無かったが、足先が帰路を真っ直ぐに辿ることは無かった。
気付けば言葉数が減ってしまっていたが、それで空気が悪くなることは少しもなかった。
さすがにそろそろ帰ろうと、魔法学園へと向かう道に目をやると、視界に数人の女性を引き連れたアンドレの姿が映った。
人物の訂正はしない。かつてのマルセイジュではないし、知り合いの中で最もナンパしていそうなスルビヤでもない。
アンドレが、数人の女性を引き連れていた。
俺は衝撃で言葉を失ったが、のんびりと歩いている俺とヴェニアの歩調よりも、アンドレ達の歩速はさらに遅く、このままでは追いついてしまいそうだった。かといって、今のアンドレを追い抜こうという気も起きなかった。
止む無く、俺はヴェニアの手を引いて細い路地の入り口で止まった。ここで軽い会話をして、アンドレが立ち去るまでの時間稼ぎをしようと思ったのだ。
ヘレナ達をかわした時のようにヴェニアを担いで周囲の建物の屋根伝いに追い抜かすことも考えたが、周囲の建物の高さが小さく、下手をするとアンドレや彼を取り巻いている女性たちに発見される恐れがあった。
その場合、ヴェニアとの関係が露見してしまうことは多少の気恥ずかしささえ耐えれば問題ないのだが、俺が人一人をお姫様抱っこしたまま悠々と屋根から屋根を飛び渡っている所を見られてしまうのは、多少以上の面倒が予測される。
総合的に考えてやり過ごすかと思い路地に入ったのだが、そこで俺は自分の思い過ごしに気付かされてしまった。
ヴェニアが上目遣いで俺を見ていた。俺の服をきゅっと掴んでおり、いつもより顔が近いような気がした。いや、俺が顔を近づけていたのだろうか。気付けば口付けをしていた。
これは、単にアンドレをやり過ごすだけでは済まないかもしれない。そう思いつつ、一度離した顔を再び近づけた。
「ルシウス」
はっと声のした方に顔を向けるとそこには、しまった、という顔のアンドレが周囲に女性を侍らせて立っていた。
「あ、その、ごめん。ぼ、僕のことは忘れてよ」
アンドレは手で顔を覆い隠すもその場を離れようとはせず、指の隙間からちらちらと俺達の様子を覗いていた。
忘れるっていないものとして考えろってことか? いくら何でもそれは無理だ。
「・・・・・・アンドレ。後ろのお嬢さん方は?」
これ聞いちゃってもいいのだろうかと思いつつ、半ば意趣返しのつもりで俺はアンドレに尋ねた。しかし、俺が期待していた反応とは裏腹に、ああ、そう言えば、と言うように、ごく普通の表情で返事をした。
「彼女たちは、リンネ様の話に共感してくれた同士だよ。今日は彼女たちに頼まれて、少し多めの人数にリンネ様が教えてくれた真理を、僕の拙い言葉で伝えさせてもらっていたんだ」
真顔でそう言うアンドレから狂気に似た何かを感じつつ、それが俺の前世の記憶から来る先入観である、という可能性を捨てきれないでいた為に、アンドレに対し指摘することが出来なかった。
「今日、魔法学園に戻ってからも説法をするんだけど、良かったらルシウスも聞いてみないかい? 夕食時に食堂で行うから」
さすがに面と向かって行かないとは言えずに、俺は「ああわかった」と返事をした。
「それじゃあ。・・・・・・本当に、お邪魔しました」
最後に、彼は申し訳なさそうに言ってから踵を返してこの場を離れた。
アンドレが複数人の女性と遊んでいる、という可能性が否定され、ほっと一安心した俺は、隠れる必要もなくなったので路地裏を出ようと足を前に踏み出した。
が、ヴェニアは俺の袖を掴んで待ったをかけた。
何事かと思い振り返ると、素早く彼女に唇を奪われた。
結論から言えば、二回では済まなかった。