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百五十六 学生、気付かれる

 戦争を丸く収めた後、ヘレナは自分から第三王子の許へと戻りたいと言い出した。戦争に参加していた兵士の何人かは、戦場の上空を飛行する黄金の鳥を目撃しただろうが、その上に乗る豆粒の様な少女の姿まではっきりと認識することが出来たものはいないだろう。

 彼女の立場が戦争の前後で大きく変化するということがないと判断したのか、セバスチャンはヘレナの提案を了承した。

 結局、ヘレナが王城から居なくなった出来事は、彼女の逃亡ということで話が付いた。そこまでの話から想像を巡らせてみると、恐らくスコットは自身の行いを大きく反省したのだろう。だからこそ、現在彼らは楽しそうに町を歩いているのだ。

 それはそれでいいとして、問題は今現在だ。俺がヴェニアの着せ替え人形となっている服屋の中に、ヘレナとスコットが入店しようとしている。

このままだと、スコットにルシウス・イタロスと呼ばれ、ヘレナにアルセーヌと呼ばれてしまいかねない。最悪だ。最悪過ぎる。

 俺が思考を巡らせている内に、二人は店の中に入って来た。

 ちくしょう。馬鹿な。運命の悪戯過ぎる。これもエデンのせいだっていうのか。ちくしょう。絶対に許さない。

 そこでふと、こうして日々の不満のはけ口となることが、エデンへの信仰に繋がっているのかと思いつつ、俺は直ぐに頭を現実の対処へと切り替えた。

「お前はバルカンの」

「ヴェニア・バルカンでございます。殿下に覚えていただけるとは、光栄の至りでございます」

 はっはっは。ちくしょう。早速ヴェニアがスコットに気付かれやがった。ちくしょう。ていうかスコット。お前の下級貴族の格好、正直お忍びの効果ないからな! 面識ある貴族には一発でバレるからな! みんな空気を察しているだけだから。気付かないふりをしてやっているだけだから。

 内心スコットに八つ当たりしつつ、どうか気付かれませんようにと無意識の内に祈っていた。少なくとも祈るという習慣がある俺の前世は、信仰がなくとも神の存在が当たり前の生活だったのかもしれない。お隣さんがいることの延長の様な、そんな感じ。正直、誰に祈っているのかはさっぱりわからないが。

「初めまして。ヘレナです」

 深々と頭を下げるヘレナに対し、ヴェニアは貴族という身でありながら平民に頭を下げる。彼女の中で、例え平民であろうとも、彼女は頭を下げるべきだという認識があるのだ。それだけ、王族という生き物の威厳はすさまじい。

「初めまして。ヴェニア・バルカンです」

「勘違いだったら申し訳ないですけど、お友達と来ていらっしゃるのではないですか? お邪魔でしたら、少し離れていますね」

「いえ、お気になさらず。それに、友達と言うか・・・・・・」

 そう言って、ヴェニアはちらちらと俺に視線を向けてくる。止めろ。俺を見るな。気付かれるだろ。黒歴史がバレるだろ。

 そんなヴェニアの様子を見たヘレナははっと何かに気付いたような顔をして、ヴェニアが見ている方向に視線を向けた。

 俺は仕切りで区切られている更衣場所からこっそりと様子を観察していたが、ヘレナがこちらを見てきた瞬間に急いで衝立の後ろに隠れた。

 頼む。気付かないでくれ。

「・・・・・・ほう。確か、イタロスの」

 気付いてんじゃんえよスコットてめえ。

「で、殿下。ここは場所を移した方が」

 顔を赤くしたヘレナが、スコットの体を軽く押してその場を離れようとした。しかし、スコットはその場を動こうとする様子がなく、自分の体を押すヘレナの手をグイっと引っ張って、彼女の顔を自分の顔の近くに引き寄せた。

「ヘレナ。殿下ではなく、名前で呼べ。でなければ、言うことは聞けんな」

 直ぐ近くで王子にささやかれ、ヘレナの顔はますます赤くなった。

 おいお前らいちゃついてんじゃねえよ。そう言えば乙女ゲームのヒロインとヒーローだったね君達。頼むからそういうのは店の外でやってちょうだい。

「す、すk・・・・・・」

「何だ。愛の告白か?」

 もう駄目だ。脳内お花畑はどうしようもないぜ。黙って見守っているヴェニアまで顔を赤くするほどこっ恥ずかしいことをやっているってどうして気付かないのかね。やっぱり恋愛は脳の機能を鈍らせるんだな。

 ブーメランという単語が何故か浮かんできたのを意識の外に追いやり、俺は急いで店の服を脱いで自分の服を着た。最悪の場合、店の裏口から抜け出てヘレナとスコットをやり過ごすしかないようだな。

「ルシウス。着替えました?」

 俺が丁度服を着終えた時に、ヴェニアがひょいと衝立の裏に隠れていた俺の様子を覗いた。正直「きゃーエッチ」と叫んでやろうかとも思ったが、ヘレナに気付かれる可能性があったので止めた。

「話は聞こえていましたね。ここは私達が移動しましょう」

 彼女は俺の手首を掴むと、つかつかと歩き出した。

 いや、おい、バレるから。

 衝立の陰から顔を出し、ばっちりヘレナと目が合った。これが人生の最後か。儚いものだな。そんな風に走馬灯の様な何かが頭の中を駆け巡っていたが、ヘレナは俺を見るとぺこりと頭を下げた。

「初めまして。ヘレナと申します」

 初めまして?

「・・・・・・ルシウス・イタロスです」

 どういうことだ? 気付いているのか? 気付いていないのか?

 こういう時の為に、心理学の技能を鍛えておけばよかったと常々思う。自然な態度でふるまっているように見えるヘレナが心の奥で一体何を考えているのか、俺には全くわからなかった。

「確かお前達は、パーティーにも二人で参加していたな」

 嘘だろスコット。ヘレナといちゃつきながら、入場するカップルを一々確認していたっていうのかよ。そんな馬鹿な。

「もしかして、将来の約束も・・・・・・?」

 ヘレナが目を輝かせながら訪ねてきた。多分俺がアルセーヌだって気付いてないなこりゃ。嘘だろ。眼鏡一つでそんなに変わるの? いや、寧ろアルセーヌの本体は眼鏡だという可能性すら出てきたぞ。

「そう言うのは・・・・・・」

 ちらり、とヴェニアが俺を見る。

 考えないようにと別のことに思考を巡らせていたが、逃げることは出来ないらしい。俺は腹をくくることにした。

「今度、我が家に招待する予定です」

 ほう、と息を漏らすスコット。おめでとうございます、と口元を抑えるヘレナ。顔から表情が完全に抜け落ちたヴェニア。・・・・・・ヴェニアさん?

 俺は恭しく礼をした後、石のように固まったヴェニアを連れて店を出た。



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