百五十五 学生、デートする
魔法学園の校門に近付くと、既に門の前に人影が見えた。急いで駆け寄ると、「遅いですよ」と言ってヴェニアは笑った。
待ち合わせの時間まではまだ猶予があったが、俺は少しだけヴェニアに申し訳なさを感じていた。
彼女の着ている服は、自然体、という言葉が良く似合った。恐らく、俺が着てくる服を予測して、釣り合いを取ったのだろう。彼女の耳元で赤いピアスがきらりと光った。
カラスは光り物によく反応を示すというが、俺の前前前世はカラスだったのだろうか。無意識に手が彼女の顔の方に伸び、つつつっと耳の輪郭をなぞっていた。
ヴェニアは微かに耳の先を赤くして、上目遣いに尋ねてくる。
「・・・・・・感想は?」
「・・・・・・似合ってるよ」
それから少しの沈黙の後、俺達は王都の中心部へと繰り出した。
デートなるものでは手を繋ぐものなのかと思い正直尋常ではないくらい緊張していたのだが、彼女が俺の手に指を引っ掛けるように先導してくれたので、俺はその指をぎゅっと握るだけでよかった。
どこに向かうかは聞いていないが、恐らく店を見て回るのだろうと彼女の後に付いて行って、そしてふと気付いた。
俺とヴェニアの遥前方に、ヘレナと下級貴族の格好をした第三王子スコットの姿があった。
彼らが仲を戻したことに感心しつつ、俺はヴェニアの進行方向が彼らのいるところへと真っ直ぐ続いていることに気付いた。
このままだと鉢合わせてしまう危険があるのだ。正直、スコットにはバレてしまっても問題ない。しかし、ヘレナだと話は別だ。彼女は俺のことを、「アルセーヌ」という変人の怪盗だと認識しているからだ。
「ヴェニア」
「何ですか?」
「少し遠回りしていかない?」
「それって、こっち、ですか?」
彼女が戸惑った理由は、視線を向けた方を見た俺の目にも明らかだった。
王都には貴族が集まっているとは言え、環境が整備されたきれいな町並みばかりとは限らない。一つ大通りを外れてしまうと、薄暗かったり、ごみや生き物の死骸が放置されていたりすることもある。
俺がヴェニアに対し声を掛けた場所に最も近いう回路が、まさに人が入るのを拒んでいるかのような薄気味悪い路地だった。
「・・・・・・ああっと、目を瞑ってくれる」
俺は方針転換を迫られていた。
「・・・・・・さすがにここでは」
「あーいやいや、そういうのじゃないから」
「はあ。わかりました」
俺はヴェニアをお姫様抱っこの形で持ち上げた。
「え、な、なんですか突然」
「まあまあ、目は開けないでね」
近くにある、幅の狭い向かい合う壁伝いに上に蹴り上り、家の屋根の上に乗った。突然の加速度にヴェニアは叫び声を上げながら俺にしがみつく。
「な、なにをしてるんですか!?」
「大したことじゃないから。まだ目は瞑ってて」
俺は家の屋根伝いにヘレナとスコットを追い越すと、壁を靴で擦りながら慎重に地面へと降りた。
「も、もう開けていい?」
「いいよ」
そう言いながら、俺はヴェニアをそっと降ろした。彼女は先程目を瞑っていた地点から大きく移動していることに気付き、驚きの声を上げた。
「この距離を移動する為に、わざわざ魔法を使ったんですか?」
「まあ、ちょっと実験したくてさ」
ヴェニアがいい感じに勘違いをしてくれたおかげで、俺は上手くごまかすことが出来た。
再び俺は彼女に手を引かれ、行き先もわからぬままにヴェニアの後に付いて行った。
暫く歩いた後、すっとヴェニアは立ち止まった。
「到着です」
彼女の声を合図とするかのように、俺は顔を上げて自分のいる場所を再確認する。目の前にある店は服屋だった。学生の小遣いでも手を出せるような値段の服が取り揃えられているが、貴族が身に纏うものであるためか質はそれなりに高いものが並んでいた。
「それでは、服を買いましょう」
「俺は端で休んでるね」
俺がそう言うと、ヴェニアはにっこりと笑った。
「買うのはルシウスの服ですよ」
なん、だと・・・・・・。
「ささ、早速参りましょう」
必死の抵抗も何のその、俺はヴェニアに背中を押されて、少しづつ店の奥へと引き込まれていった。
暫く着せ替え人形になり、どっと疲れた俺とは対照的に、何故だかヴェニアは随分と生き生きしていた。
喜んでくれているようで何よりでございますですござるそうろうでざんすよ。
折角の気分を害すまいと、はあっとヴェニアに聞かれないように小さな溜息を洩らした時、店の外から店内の様子を窺う人影を見付けた。
ヘレナとスコットだった。
嘘、だろ・・・・・・。
現在俺は自分の服を着ていない。それは、直ぐにこの店を抜け出せないことを意味している。
やばいやばいやばい、何とか隠れないと。いや、いっそのこと、このまま着せ替え人形になってやり過ごすか。
俺は思考を巡らせながら、スコットにヘレナを誘拐したことが露見する、という最悪の未来だけは何とか避けようと考えていた。