百五十四 学生、パパラッチと出会す
魔法学園が休みの日だというのに、俺は朝早く起き、私服に袖を通す。格好つけるだけの真っ当な服を持っていなかったので、文句を言われない程度の服を着て自室を出た。
前日の内にスルビヤにハルを預けておいたので、ハルの面倒を見てくれる人間を確保すると同時に、スルビヤの尾行の心配をせずに俺は待ち合わせ場所へと向かうことが出来た。
道中、アンドレに会うことだけが心配だったが、学生寮を出るまで彼に会うことは無かった。
ふうっと長く息を吐いたのも束の間、目の前に見知った顔の学生が現れた。
「やあやあ、旦那。随分と早起きだね」
かつてはロバートに協力してマルセイジュの情報を集め、パーティーの夜に俺に情報をくれたパパラッチの学生だった。
「もう金は払っただろ。君から情報は買わないぞ」
「そう言いなさんなって。察するに、バルカン家のご令嬢と約束があるんでしょう?」
こいつ、耳は早いは、俺の金払いが良いことを理由にハイエナの如く嗅ぎまわるは、意外と厄介な相手だな。
「知ってるならわかるだろ? 俺は先を急ぐぞ」
「王都の絶好穴場スポット、知りたくはないかい?」
「今はいいや。じゃあな」
俺がさっさと立ち去ると、パパラッチは慌てて俺を追いかけてくる。
「待って待って。金をもらう気はない。この情報は、今後とも贔屓にしてくれるように、って意味のサービスなんだ」
「・・・・・・君、さてはパトロンが消えて収入が無いな?」
パパラッチは核心を衝かれてしまったのか、ギクリ、という明らかな反応を見せていた。
ロバートはノルマン伯爵家の御家取り潰しで学園にはいないし、マルセイジュとエルゼスが結婚したために格好のネタが学園にはいない。
俺からかなりの額を受け取っているはずだが、それでも彼にはお金を集める理由があるようだ。
「あ、じゃ、じゃあ、他の情報はどうだ? 最近学園を去る人間の数が多いことは旦那も知っているだろ。俺はそいつらに関する情報も持っているんだ。マルセイジュ・ガリア、エルゼス・ロートリンゲ、ユークレイン・バロン・クリム、ウラル・ラッスィーヤ、レムス・イタロス、イズミル・テュルキイェ、などなど。どれでもただで教えるよ」
残念ながら、大体知っているんだ。それにレンに関しての情報なんて、どうせルフィとの関係があったってこととパーティーでの出来事で心に傷を負って、家にも帰っていない、という情報だろ。
もしかしたらそれは真実かもしれないし、もしかしたら、愛する人と誰も知らない場所で幸せに暮らしているのかもしれない。
イズミルに関しても良く知っている。結局、アナトリア伯爵家の亡命が果たされることは無かった。戦後、戦争で一切の犠牲者を出さずに停戦協定を結ぶことに成功した忠臣、としてエイジャ王国に手厚く褒美を賜っていた。
エウロペ王国は責任を負うものを選び出し、エイジャ王国は英雄に作り上げる。二つの王国の行動が真逆なのが面白い。
「後は、平民だけど、ナオミとか」
「聞かせてよ」
「・・・・・・へ?」
「ナオミの話。君は、彼女について何を知っているんだ?」
「あ、ありがとうございます。いや、そうだな。何でも彼女、入学当初からずっと魔道具作製の授業を受けていたみたいで。何で何だろうなと勘繰った同業者が居てね。そいつの情報によると、どうやら、先生とナオミ、デキていたらしいんだよ。彼女はいなくなったってことは、多分、そう言うことなんじゃないかなってさあ。どう、為になった?」
「・・・・・・ああ。今後とも、お世話になりたいくらいだ」
「そ、そいつは良かった。それじゃあ、デートを楽しんでください」
そう言って、満足そうにパパラッチは去って行った。
ナオミと魔道具作製の教授との関係。それは、文字通り男女の関係なのか。それとも、スパイ的な繋がりなのか。いまいち判断材料がない。
しかし、ナオミの足跡を辿ることが出来る情報が手に入ったことは間違いない。魔道具作製の教授。彼はまだ、魔法学園に在籍している。何なら、この前一人でその授業を受けたほどだ。
さてさて、どうなるのやら。
そこで、俺ははっと頭を切り替える。かなり早めに出てきたとはいえ、それで遅れてはシャレにならない。
俺は早足で魔法学園の校門前へと向かった。そこが、ヴェニアとの待ち合わせ場所であるからだ。