百五十三 学生、デートの約束をする
「神様を信じるのって、いけないこと」
アンドレの部屋から自分の部屋へと向かう道すがら、ハルが純真無垢な瞳で尋ねてきた。
「いけないことじゃないさ。俺だって信じてる」
実際会ったことがあるわけだし。
「でも、その神様を人にも信じるように勧める人間には近付いちゃいけない。一人で完結せず、周囲を巻き込んで破滅する人間なんだよ」
「でも、良いことを人に勧めるのは、その人にも良いことが起きてほしいからなんだよ」
確かにそうかもしれないが、と思い、ふと自身の内側にある前世からの偏見の存在に気付く。宗教というものを危険なものとして見ている自分がいる。頭で考えれば必ずしもそうではないのだが、心がどうにも受け付けない。
しかし、俺という人間も、神父には大変世話になっている。彼の考えには非常に共感できることも多いし、人間性も信頼している。
神父とアンドレの様な人間の一番の違いは、同じ神を信じようと勧めてこない点だ。神父の中には自分の信念と信仰が共存しているが、アンドレの様な人間は信念が全て信仰に飲み込まれてしまっているような気がしてしまう。
勿論、この考えに確証など微塵もなく、自身の信念に凝り固まった人間は大抵陸でもないやつだということは重々承知していた。
「多分そうなんだろうな。でも、俺の心が納得してくれないんだ」
「そっか」
ハルはあっさりと引き下がった。実に聡明な子だ。将来は大成するに違いない。
そう思って、ふと、ハルが自分よりも年上の可能性があることを思い出して、いつの間にか親心が芽生えていた自分に深く反省する。
いかんいかん。
しかし、ハルを今後どうすればいいのだろう。天網の仕事で魔法学園を離れることになった時、彼女を連れて行った方が良いのだろうか。
俺は悩みながらも自分の部屋の扉を開けて、当然の様に俺の部屋のベッドで横になっていたヴェニアを見て思わず口を開けた。
「・・・・・・なにしてるの?」
「暇だったから待っていたんです。・・・・・・早く扉を閉めてください」
いや俺の部屋なんですけど。
そう思いつつ、俺とハルは部屋の中に入り、その後俺は扉を閉めた。
ハルは俺の手から離れ、とてとてとヴェニアの方に歩いていくと、飛び込むように彼女に抱き着いた。
ヴェニアもハルを抱きしめながら、俺のベッドの上でゴロゴロと転がっている。
俺はそんな二人の様子を眺めながら、椅子に腰を掛けた。
「君らは、本当の姉妹みたいだな」
「誰かさんが、夏休みの後半ずっと私達のことをほっぽっていたからでは?」
ハルとじゃれ合いながらヴェニアの口から放たれた辛辣な物言いは、俺の心に深々と突き刺さった。連絡も入れない状態でハルをずっと預かっていてくれたヴぇニアに対しては、本当に頭が上がらない。
「ヴェニアは母。ラックは父」
「既成事実を捏造しなさんな」
「・・・・・・作ります?」
むせた。理由はない。
「何を想像したんですか?」
「・・・・・・何の話だい?」
すっとぼけてやるぜ!
「そうですか。ですが、私は実力行使に出ることにします」
おいおいおいおい。ちょっと待てよヴェニアさん。ハルの前だぞ!?
「───────デートしましょう」
「・・・・・・え?」
「デート、しましょ」
デート。それは前世の記憶にもただの一度も現れなかった幻の単語である。ストーリーを全クリした後に序盤の町の洞窟に現れると聞いていたが、まさかこんな所で出会うとは。
そんなちんぷんかんぷんなことを考えていて俺の意識が別の世界にトリップしている隙に、ヴェニアは俺に近付きするりと手の指と指を絡ませてじっと俺の瞳を覗き込んだ。
はっと我を取り戻した俺は、気付けばヴェニアの瞳に吸い寄せられていた。
「・・・・・・今度の休みですからね」
その日、俺の部屋のベッドはハルが使った。交代で俺とヴェニアの部屋に泊まるので、今回は偶々俺の部屋だっただけだ。ベッドを使わなかった理由に他意はない。
デート、デートか。デート・・・・・・、デート? まじで初めてで何もわからんぞ。ヴェニアの発言を鑑みるに、既に予定が決まっている? いや、しかし、一応何かこちらで考えていても損はないだろう。
いや、でも、え? デートって何するの? ていうかデートってそもそも何?
「デートがどうしたって?」
「いやデートを」
そこまで言ってはっと顔を上げると、目の前ににやけ面のスルビヤがいた。
「お義兄さんと呼んでくれ」
「はっ倒すぞ」
「まあまあ、落ち着いて。差し詰め、デートの計画に頭を悩ませているんじゃないか?」
お前マジで超能力者だろ。俺の心読み過ぎだろ。
「ここは先輩として、いや、義兄としての助言をしよう」
一々言い方がイラつくわ。
「まず、デートはどこに行くかも大切だが、それ以上に如何に相手を楽しませるかが重要なんだ」
なんかそれっぽいこと言ってるぞ。
「端的に言えば、相手が心地よくなるタイミングでスキンシップを取り、相手の望むタイミングでキスを出来るかが重要です」
「スルビヤ君。初見殺しって知ってるかい?」
「ショケンゴロシが何かは知らないが、早速君が日和っていることだけは理解できたよ」
こいつ、さんざん俺のことを童貞童貞と馬鹿にしてくるからもしやと思ったが、本当の意味で先輩、いや、卒業生なんだろうな。
「まあ、今までの経緯を見ても、ヴェニアは君にそこまで期待してないと思うから、何も考えなくていいと思うよ」
ねえスルビヤ君。言葉の暴力って知ってるかい?