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百四十八 下男、友人と再会する

 凡そ一日の飛行でアナトリア領へと向かった俺達は、夜の闇に乗じてエラダ伯爵の野営地がある所の近くに着陸した。

「ありがとう」

 ジブリールにそう感謝の言葉を告げると、彼は光の中へと消えた。魔力が空になった黄金の笛をポケットから取り出して、ヘレナへと渡した。

「この笛を握っていてもらえますか。魔力が蓄積されるので」

「は、はい・・・・・・。わかりました」

 ヘレナは俺から受けとった笛を握りしめた。俺達は真っ直ぐエラダ伯爵の野営地へと向かうかと思われたが、セバスチャンはその近くの目に着く岩の下で足を止めた。

「どうしてここで待つんですか?」

「スルビヤとここで待ち合わせています」

 いつの間にそんな連絡を。

 驚いている様子の俺を不思議な様子で見ていたセバスチャンだったが、彼はふと思いいたってポケットから小さな道具を取り出した。

「これを使いました」

 それは、小さなボタンのついたベルの様な魔道具であった。

「これはノック数やノック時間に合わせて特定の波長の魔力を同じ装置へと召喚する魔道具です」

 何を言っているのかさっぱりわからないぞ。

「離れている相手に特定の音を送る魔道具とも言えます。同じ魔道具を持っている人間にだけ連絡できる便利なもので、追跡魔法と索敵魔法の応用で作られました。魔法学園の受付でも使われているはずですよ。ニコライも持っているはずです」

 何となくわかって来たぞ。ようは電話の様な魔道具なんだな。そんな便利な道具があったとは。

「この魔道具の問題点は生産が非常に難しいということです。制作することが出来る唯一の職人が現在行方不明でして」

「そうなんですか・・・・・・」

 そんな話をしていると、闇の中からふと姿を現す人間がいた。スルビヤだ。

「お待ちしていました。ラ・・・・・・、アルセーヌも久しぶりだな」

 今はヘレナがいるから、俺は恥ずかしい名前を貫き通すしかない。

 スルビヤが到着した所で、俺はスルビヤとセバスチャンに、アテネがマクマホンと通じている可能性と、そのマクマホンがクーニャ・トリスタンである可能性について議論した。

 この話を聞いたスルビヤは、うーんと唸りながら俺の考えに疑問を呈す。

「俺はここしばらくずっとアテネ姉上のそばにいるんだが、ハトが来たりとか誰かと会っていたりしたことは無かったぞ。他国の領地に来たのに連絡もしないのは不自然じゃないか?」

「スルビヤのことを警戒している、という可能性も十分あるだろ?」

「一応バレないように覗いているはずだ。それにもし気付かれていたら、俺を泳がせたりしないだろ。俺なら危険因子は早めに潰すね」

 俺達の会話をの様子をしばらく静観していたセバスチャンが、遂に口を開いた。

「まあ、今はその話はよしましょう。今回の軍の指揮権はドゥイチェ公爵が握っているんですね?」

「はい。今の所、我々が進軍していることは気付かれていないはず、ですが、もしクーニャがマクマホンではなく他国のスパイであるというのなら、もう進軍の情報を掴んでいてもおかしくはありません」

「そこはクーニャがスパイであるとして、どの国がどういう思惑で動いているか、という机上の空論を重ねなくてはいけません。なので今は忘れましょう。どこで戦闘を開始する予定ですか?」

「ここから南下して、恐らく川に沿って進軍する予定ですね。砂漠と海に挟まれた地理的条件を鑑みて、一番近くの町に着くまで戦闘は発生しないと思われます」

 随分難しい話をしているなあと二人を遠目で見ていると、くいくいと誰かに袖を引っ張られた。振り向くと、ヘレナが不安な面持ちで俺を見ていた。

「本当に、戦争が起こるんでしょうか?」

「戦争が起こらないようにする為に、君が歌うんだよ」

「ここは野営地の近くなんですよね。今すぐ歌えばいいじゃないですか」

「それは出来ませんよ」

 話を聞いていたのか、セバスチャンが振り返りながら言った。

「貴方の歌は、多くの人間がいないと効果を発揮しません。戦場に出来るだけ多くの人間が集まった状態である必要があります。それに、相手の軍がいないと、腑抜けになった我が国の兵士たちが一方的に殺されることになってしまいます」

 良くはわからないが、兎に角戦場で両国の兵士たちが相対している状態でヘレナが歌を歌うことが、戦争を未然に防ぐ手段になるらしい。

「でも今小規模な戦闘が起こったら犠牲者が」

「数人の命よりも、数千、数万の命の方が大切でしょう?」

 セバスチャンは正論を言っているが、俺には彼の言葉が少しも響いてこなかった。そこには何の心も込められていなかった。

 恐らくセバスチャンにとっては、この戦闘で何人の犠牲者が出るか、という問題はどうでもいいのだ。彼にとって重要なことは、今回の戦争が止められること、そのものだからだ。

 不安そうに俺の服を握りしめるヘレナを安心させようと、俺は彼女の頭を優しく撫でた。実体験もあったのだろう、俺は、その行為がどれほど心に安らぎを与えるのかを知っていた。

 ヘレナはしばらくの間何も言わなかった。俺も何も言わずに、彼女の頭を撫で続けた。



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