百四十七 下男、他国へ行く
計一週間ほどイタロスの屋敷に滞在し、そろそろ帰ろうかと思っていた頃、セバスチャンからの手紙が届いた。
俺はその手紙の指示に従い、家族に別れを告げて屋敷に一番近い町へと向かった。
町に着くと、食事処で上手そうに料理を頬張っているヘレナと、あまりにすごい食べっぷりの彼女にやや呆れている様子のセバスチャンを見付けた。
「実験は終わったんですか?」
「ええ。安定して魔法を使えるようになりました。早速向かいましょう」
「王都にですか?」
「アナトリア領です」
アナトリア領、だと・・・・・・。
「ルーシ公爵家とエラダ伯爵家の兵たちが既にアナトリア領に到着しています。ドゥイチェ公爵家の派閥の兵が現在アナトリア領に集合している段階です」
「王はもう戦争を行うことを決定したのですか?」
「スルビヤがエラダ伯爵と共に行動しているので、間違いないかと」
なるほど、と思いつつ、ちょいちょいと手を動かしてヘレナに聞こえない位置までセバスチャンを連れてきた。
「・・・・・・一つ、関係ないかもしれないのですが」
「どうぞ」
「クーニャ・トリスタンは、マクマホンではないかもしれません」
「詳しくお願いします」
「これまでのマクマホンの活動を振り返ってみると、全部派手で奇抜なんです。ドラゴンを操ったり、その死体を王城で暴れさせたり、精霊を用いたり。それなのに、クーニャの行動は、何と言うか、本物の暗殺者というか、目立たず、陰でこそこそと行動している感じで、マクマホンの行動とは真逆の印象で」
「確かに。手に入れた力を直ぐに見せたがる童の様な行動とはまるで異なります。ルシウスさんは、クーニャ・トリスタンについてどう考えているのですか?」
「今回の戦争を望んでいる、他国のスパイかと」
「・・・・・・それは、とても面白そうだ」
「もしこの仮定が正しいとしたら、ドゥイチェ公爵家は他国と通じている、ということになるのですが」
「ケルンがクーニャの正体を知っているかどうかがわからないので、まだ判断は出来ないかと」
それもそうか。
「兎に角、頭の悪い神にとってもイレギュラーな事態というのが最高です。予想外の事態に興奮して悦に浸りきっているヤツの予想を覆すことが出来る絶好の機会だ」
どんだけエデン神のことが嫌いなんだよ。
「まあ、とりあえず出発しましょうか」
「そうしましょう」
机の上に並んだ全ての食べ物を平らげて満足そうなヘレナを連れて、俺達は馬車での移動を開始、しなかった。
「馬車で移動しないのですか?」
「もっと早く着く方法があるじゃないですか」
そう言って、セバスチャンは俺のポケットを指差した。
一体どうして、セバスチャンは黄金の笛のことを知ることが出来たのだろうか。いや、神父から何らかの連絡を受けていればわかるのかもしれない。少なくとも、エイブとマリアはそのことを知っているのだから、神父が彼らから聞き出していても不思議ではないのだ。
「でも、これは・・・・・・」
「その笛はマリアさん以外でも魔力を込めることが出来るんですよ」
「この笛は彼女の魔力の形に合わせて作られているのでは?」
「そう聞いています。しかし、魔力の形がない人間なら、可能です」
セバスチャンの後ろで不思議そうな顔をしているヘレナの顔を、俺は少しの驚きをもって見た。
町から離れ、およそ数年ぶりにジブリールを呼び出した。
「久しぶり」
ジブリールからの返事はわからないが、この黄金の鳥は俺との再会を喜んでくれているのではないか、と思った。
「懐かしい」
セバスチャンの呟きに、俺は反射的に反応した。
「ジブリールと会ったことがあるのですか?」
「いえ、ジブリールさんとは初対面ですよ。同じ種族の方と昔知り合いだったもので」
「へえ。こんなにきれいな生き物が居たんですね」
感動したような眼差しをジブリールを眺めていたヘレナは、突然どこからか声が聞こえてきたような行動をした。
恐らくジブリールが話しかけているのだろう。うらやましい。俺もジブリールと一度でいいから話してみたいものだ。
「私は、鳥? 人間?」
ぶつぶつと奇怪な言葉をつぶやき始めた。
「一体何を話しかけられているんでしょうか?」
「些細なことです。行きましょう」
俺達三人はジブリールに乗り空を飛んだ。黄金の鳥は馬の数倍の速さで、道の形状を無視してアナトリア領へと真っ直ぐ飛んでいった。