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百四十六 下男、兄の悩みを聞く

「ロムルス。最近、調子はどうだい?」

「・・・・・・どうしたんだルシウス。昨日とは打って変わって、やけに機嫌がいいじゃないか」

 昨日はぐっすりと眠ることが出来たから、きっと今日調子がいいのだろう。うん、そうに違いない。

「そんなことより、ロムルス。君、幸せオーラが隠しきれてないぞ」

「当然だな。何故なら隠していないから」

 隠していないんかい。

「幸せな人間を見た人はつられて幸せな気分になるだろ。幸せのおすそ分けってやつだ。お前の気分が良いのも、俺のお蔭ということになるのかな」

 お前じゃない。エルトリアのお蔭だ。

「そうかもね。エルトリアが妊娠して、君達新婚夫婦もこの調子で続けば、イタロス家は安泰だな」

「そう、だな」

 やけに歯切れが悪いな。

「・・・・・・どうしたんだ? 幸せオーラが陰っているぞ?」

「そんなことはない。俺は十分幸せだ。でも、その・・・・・・」

 ロンが消え入るような声でぼそぼそと呟いた言葉は、ばっちりと俺の耳に届いていた。

「まだ、そういうことをしていない、だと!?」

「・・・・・・まあ、そう言うことだな」

 馬鹿な! もう結婚式からかれこれ四か月近く経とうとしているんだぞ。お互い初交際の付き合いたてのカップルかよ。ここは、童貞が許されるのは小学生まで、とかいう童貞に優しくない世界なんだろ!

 いや、でもアクアが求めていたのはもっとこうイチャイチャする感じの行いのはずだ。膝枕みたいな。それならハードルはかなり低いはず。

「まあ、そういうのはお互いのペースで行えば良いと思うんだ。でもこう、ロムルスがアクアと話している所とか、手を繋いでいる所を、この数日間あんまり見てないなあって」

「それは、だな。何と言うか。その、距離感が良くわからなくてだな」

 こいつは何を言っているんだ。

「距離感って。結婚する前はあんなにぐいぐいいっていたのに。同じ感じでやればいいんじゃないか?」

「いや、結婚すると「何をしてもいい」という免罪符をもらった気分になるんだ。だから最初に盛大にやらかすのが怖くてな」

「余程のことじゃなければ、したいようにして問題はないんじゃないか?」

「俺がしたいようにすると、夫婦で一日中寝室に籠り続けるという選択肢になるが」

「そいつはドン引きだー」

 性欲が薄い本の人並じゃないか!

「だろ? だから、こう丁度いい距離感というものが良くわからなくて」

「普通に手を繋ぐとかで良いんだよ」

「手を繋ごうと思ったら最後までしちゃう気がする」

 中間地点が存在しねえ。

「・・・・・・アクアは、欲求不満みたいだぞ」

「それ、誰から聞いた?」

 驚きと俺に対する殺意が少し混じった言葉だった。

「先程少し話したんだが、ロムルスに積極性がない、という話題になって。そこから推測しただけなんだが」

「なるほど。理解した」

 そう言い残してロンは俺の許から去って行った。

 その日の夕飯、何故か食卓に顔を出さなかったロンとアクアを心配した旦那様が人を遣わしたが、その人物が二人を連れてこずに戻って来て旦那様に耳打ちをしていたので、俺は全てを察した。



 ロンの親はもちろんメディオラヌム・アール・スティヴァレ・イタロスとシシリア・アーレス・スティヴァレ・イタロスであり、彼らは双子の後にエルトリアと俺を立て続けに作った子だくさん夫婦である。

 ロンの様に奥さんと一日中寝室に籠るような人間の親である彼らが俺の後に一人も子供を作っていないということは、もしかすると俺の様に魔力を持たない子供をもう一度作ってしまうかもしれない、という恐怖が彼らの中にあるのではないか、という考えたくもない仮説が頭の中に浮かんできてしまった。

 しかし親に直接聞くような話題でもないし、知ることで何か問題が解決されるわけでは二ので、この話の真実は正直知る必要がないと内心思っている。

 だからこの仮説において最も重要なことは、俺に魔力がないという情報をイタロス家の誰かが知ってしまった場合、その人物は子供を持つことに対する積極性を失うかもしれない可能性がある、ということであった。

 その可能性が存在する限り俺がイタロス家の実の子供である、という事実は永遠に隠され続けるのだろう。

 今更実の子だと義理の子だとかいう話をする気は無いが、俺は旦那様とか奥様とか呼ぶことによってある種の他人の様に接することで普通の対応をすることが出来るようになっていた両親に対する心の奥底に隠した捨てたことへの恨みというものを、ほんの少しだけ許してやってもいいと思ってしまったということだ。

 彼らの決断が一概に間違いであったと、言えなくなってしまったということだ。

 だからといって子供を捨てるという行為を肯定する気持ちなどさらさらないが、生まれてくる子供は祝福されるべきなのではないか、という素朴な感情を俺は再確認することが出来た。

 つまり、俺はエルトリアに対する一切の感情に関わらず、彼女のお腹の子の誕生を、祝福するべきなのだ。

 これでもしエルトリア似の女の子であったら、顔を合わせる度に俺の胃は痛くなるに違いないと、ほんの少しだけ、未来のことを空想しながら、それが心地の良い時間であることを祈っていた。



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