百四十五 下男、兄の嫁と話す
「お前とエルトリア姉さまは一体どういう関係なんだ?」
唐突にアクアから散歩の誘いがあり、それを受けてぶらぶらと暫く庭を歩いていた矢先、彼女(?)からそんな言葉をかけられた。
もしかして昨日の膝枕を扉の向こう側から聞き耳を立てられたりこっそり覗かれたりして知られてしまったのだろうか。というか、膝枕ってそんなに関係を疑われてしまう様な行いなのだろうか。前世では姉妹がいなかったので、俺の中の姉妹との関係の認識は漫画やアニメの世界から入手した知識に偏っている。その偏りのせいで正しい認識をすることが出来なくなっているのかもしれない。
いやあ、でも、膝枕くらいは家族ならするのではなかろうか。そんなことを思いつつ、俺は最早お決まりになりつつある返し文句を口にした。
「どうって、姉弟だよ」
毎度の傾向から鑑みるに、この様に答えても相手を納得させることが出来ないのは百も承知だ。しかし、こう言う他に俺とエルトリアの関係を表す言葉など無い。
「いや、絶対にそういう雰囲気じゃない。ていうか、お前はこの家の養子だろ。義理の姉弟じゃないか」
確かに、俺はこの家の養子だ。しかし、俺とエルトリアは義理の姉弟でありながら血の繋がった姉弟でもあるのだ。そして、俺はその事実を知らぬまま、彼女に恋をしてしまった。
「一体何をどう勘違いしているのかはわからないが、姉弟としか言いようがない。それとも、何か姉弟らしからぬ行動をしている所でも見たって言うのか?」
そんなはずはない。俺達はもう口付けすらも交わしていないのだから。
「雰囲気の問題だよ。雰囲気の」
「お前とロンより甘い空気が醸し出されているとでも?」
俺がやや揶揄うような口調でアクアに言い放つと、彼女は顔を真っ赤にして何かを大声で叫ぼうとしている様子であったが、すんでの所で言葉にせずに飲み込んだ。
そして恥ずかしそうな顔をするどころか、むしろ悲しそうな顔をし出したので、これは何か問題があるんだな、と思いつつそれを直接指摘するのは止めておいた。
「私達、本当に甘い雰囲気になってる?」
「なってるなってる。なんせロンはもう見るからに「私は今幸せです」って顔に書いてあるし、体から花がぽろぽろとこぼれてるようん」
「・・・・・・例えがいまいち伝わり辛いけど、要するにロンは幸せオーラ出しているってことでしょ」
なに? おぬしは幸せではないと?
「でもそれって、甘い雰囲気とは違くない?」
「そうなの?」
「そうでしょ! 何でわかんないの? こう、幸せな二人の空気と、甘い二人の空気は違うでしょ」
駄目だ。全くわからない。
「ちなみに、お前とエルトリア姉さまは後者だからな」
「・・・・・・ええ。良くわからんが」
「兎に角そうなの。・・・・・・ロンの場合、私がいるだけで幸せって言うか、満足してしまっているって言うか。何と言うか、そういう雰囲気にならないのよ」
「つまりお前の欲求ふ」
彼女のげんこつが飛んできたので俺はそれを首を傾けて避けた。
「何避けてんだオラ!」
「殴りかかられたら普通避けるだろ・・・・・・」
「女に対してデリカシーの無い男は殴られて当然なんだよ」
お前に言われると全く説得力がねえ。
「わかったわかった。要は、ロンからお前に対してイチャイチャするような行動がないということだな」
「・・・・・・まあ、そう言うことだ」
まあ、相手から好意を示して欲しいという気持ちはわからなくもないが、俺の場合それをどう処理したらいいのかがわからないから、結局何もしないでいてくれるとほっとしてしまう。つまり、具体的な助言は何一つ持ち合わせていない。
前世でも恋人の一人も出来なかったから仕方がないよ。
「お前は、その、エルトリア姉さまに、どういうことしてるんだよ」
「・・・・・・何もしてないから。俺達は姉弟だから」
「義理だろ! 騙されねえぞ」
「というか、俺からロンにそれとなくお前に好意を示すように伝えればいいんだろ? 俺とエルトリアとの関係はどうでもいいじゃないか」
「それはそれ。これはこれだ。昨日見ちまったんだから仕方がない」
「お前、俺の部屋を覗いていたのか?」
「別に覗きたくて覗いたわけじゃない。お前の部屋からエルトリア姉さまの声がしたから、話しかけようと部屋を少し開けた時に、その、膝枕をしているお前たちが見えて」
「ああ。それで自分もロンにしてあげたいなあって思ったんだ。そうかそうか。わかった。お前が膝枕をしてあげたがっていたとロンに伝えておくから」
「一言もそんなことをしろって言ってねえだろ」
「おいおい。口調が乱暴になっているぞ」
「おくたばりになりやがりなさいませ」
なんか小学生が使う嫌味みたいになってるぞ。
しかし、ロンが何もしない、ねえ。ナオミの時は、二人きりになった途端に積極的にボディータッチなどを試みていたというのに。
俺は騒がしい元男を適当に煙に巻いた後、ロンがいるところへと足を運んだ。