百四十四 下男、お腹に触る
「どうしたの?」
「手持ち無沙汰だったから。会話の相手になってくれないかしら?」
「もちろん」
俺はエルトリアを椅子に座らせ、自分はベッドに腰掛けた。
他愛もない話を交わしている間、エルトリアの手は、絶えず自身のお腹へと当てられていた。
「・・・・・・そう言えば、エルトリアは、妃殿下と知り合いなの?」
「どうしてそれを?」
彼女は純粋な驚きの表情を見せた。
「実は王城に出向く機会があって、その時偶々言葉を交わしたんだ。その時に君の名前が出たから」
「そうだったの。知り合い、そうね。もし許されるのなら、友達、と呼んでしまいたいわ。モンテ公爵家で行われたパーティーに参加した時、向こうから話しかけられたの。始めはお姫様だなんて知りもしなかったわ」
「そいつは思いがけない出会いだったね」
「本当に。私病気がちでほとんど家から出られなかったから友達なんてほとんどいなくて。今でも手紙を交換しているのよ」
嬉しそうに話すエルトリアを見ていると俺も嬉しくなるが、手でなぞる度に俺の視線はそちらへと引き寄せられていく。
「・・・・・・触ってみる?」
俺はすぐさま否定したい気持ちに駆られたが、ノーと言い出すことも出来なかった。
「最近お腹の中で動いて来るのがわかるようになってきたの。・・・・・・ほら、今も」
「触っても、いいかい?」
「ええ」
震える手をそっとエルトリアのお腹に当てる。ここに命が宿っているのだと実感しながら、確かめるように触れる。
「・・・・・・よくわからないや」
「そう? この子は貴方と初めて会うから、緊張しているのかも」
そういうこともあるものなのかと思いながら、俺は彼女のお腹に当てていた手をそっと外した。
「お腹の中に居て、どうやって外の世界のことを知っているんだろう」
「きっと、耳とか、肌とか。母親の感情が伝わってしまうのかも」
君は、俺に「貴方の辛い気落ちが伝わってくる」とでも言いたいのだろうか。そうだとしたら、俺は恥ずかしさのあまり死にたくなってくる。
「・・・・・・俺が元気なく見えるんだとしても、この問題ばかりは時間が解決してくれるよ。それだけは、わかってる」
「・・・・・・わかった」
そう言ってエルトリアはベッドの方へと来て、俺の隣に座った。
「ほら。ここに頭を横にして」
そう言って、彼女は自身の膝を手の平で叩いた。
それが膝枕をするという意図のものであることに気付いた時、俺はヘレナを自身の脚に寝かせた時のことを思い出す。
「足痛くなるからやめた方がいいよ」
「大丈夫よ。良いから横になって」
俺は彼女の膝の上に頭をのっけた。
すると、彼女は俺の髪に指を通し、さらさらと頭を撫で始めた。くすぐったくも心地いい。ヘレナもきっと、こんな気持ちだったのだろう。
「ルシウス。話したくなかったら無理に話さなくてもいいの。でも、心配位くらいはさせてほしいの」
「心配?」
「・・・・・・こういうこと」
「・・・・・・そっか」
俺は目を閉じた。眠気がやって来たわけではない。ただ、目から来る一切の情報を遮断して、エルトリアの温もりの中に浸っていたかったからだ。