百三十七 下男、友人に布教する
「エラダ伯爵とはどういった関係なんだ?」
「エラダ伯爵というよりも、グリス伯爵家と我がモンス公爵家はお互い古い家柄ということもあり、昔から交流があるんだ。その経緯でエラダ伯爵のことを知っていたんだ?」
「じゃあ、魔法学園に入学する前からスルビヤと知り合いだったのか?」
「いや、さすがに、交流していたのは正妻の子供だけだったから」
アンドレの発現に俺は衝撃を受けていた。バルカン家の兄弟が多いって領主が好色家だからだったのか。
取り敢えず、俺は現状を整理してみることにした。
まず、アンドレの訪問によって浮かび上がったアテネがマクマホンと通じている可能性について。
彼女は俺がドラゴンの死骸を操っているマクマホンと闘っている時に、マクマホンに扮している俺に対し躊躇なく殺す為の魔法を放っている。これをアテネがマクマホンを知らない証拠とも考えられるが、マクマホンと俺を確実に見分けていた証拠とも思える。それにその後接触した可能性も考えられるので、現状俺が持っている情報からアテネとマクマホンの繋がりを確定することは出来ない。
ではスルビヤは? 彼は確実に白だ。玉手箱を持ち逃げせずに共に守った時点で明らかだ。
そしてヴェニア。・・・・・・彼女が俺をだましている、という想像がこれっぽっちも出来なかった。
現状、これ以上考えても埒が明きそうにない。
「まあ取り敢えず、一旦冷静になることだな。俺に相談するくらいの理性が残っているなら問題ないと思うが」
「君は、この手紙のせいで戦争が起こるかもしれない、という可能性があるというのに、それを見過ごせっていうのか?」
「まだ戦争は確定じゃないし、貴族の動向云々に関わらず全ては王の裁量が決まるんだぞ」
自分の言葉に、ふと疑問を抱いた。
現状、王の心は戦争に傾いている。イズミルとの会談が予定よりも早く終わったのは、即断即決をしたからだ。
王は戦争を望んでいる? そんな好戦的な王だっただろうか。
そして戦争を推奨しているドゥイチェ公爵家の派閥はスコットと手を結んでいる。もしくはこれから結ぼうとしている。だが、彼はイズミル・テュルキイェのことを心底嫌っているようだった。
今回はスコットの意向というより、王の意向またはドゥイチェ公爵家の意向に沿ってことが運んでいる。
つまり、マクマホンは今、スコットよりも王またはドゥイチェ公爵家との関係を大切にしているのか?
ヘレナの出生の秘密がおおよそわかった現在、未知であり続けるマクマホンの存在が、否応なく頭の片隅を我が物顔で支配している。
セバスチャンの言葉を総合するなら、彼らはエデンの手先ということになるが、果たしてそういう認識で合っているのか? セバスチャンは同族嫌悪と言っていたことから、エデンがセバスチャンと同じ行き当たりばったりの存在だと考えると、マクマホンの行動はあまりにも計画的すぎる。
「陛下は、戦争に反対為されるよね?」
不安が漏れ出した瞳をアンドレは俺に向けてくる。その答えは恐らくノーだ。しかし、俺は彼に対し、そんな厳しい現実を突きつけることを躊躇ってしまった。
「もちろんだよ。殺し合いが好きな人間なんていない」
「ああ、そうだよな。陛下は誰よりもこの国を愛しておられる。戦争なんて望むものか」
もし彼が王の意志を知ってしまったらと考えると、俺は少しだけ不安になった。何か彼の心の支えになってやれるものは無いだろうか。
その時頭に浮かんだのは、俺をこの世界に転生させた女神様のことだった。
「アンドレ。君は、神様を信じているか」
「もちろん。この世界がこうも混沌としているのは、間違いなくエデン様が存在されているからだよ」
ああ、エデンは悪戯の神様だったっけ? 前世だと神様は世界に秩序をもたらすものだったけど、この世界では逆に混沌をもたらすものが神様とされるのか。
人を女体化させたり魔力が無い子供を誕生させたり、確かに神様って世界に混沌をもたらしているな。
「じゃあ、リンネ、という神は?」
「転生神でしょ? まあ、存在はしているかもね」
少しも信じちゃいないなこれは。駄目だ。完全に慰める方法を見失ってしまった。もう布教は無理だな。
“無理ではありませんよ”
美しい声が天井から響いた。
「ルシウス。今何か・・・・・・。え、これは、え?」
女神様のやつ、アンドレの脳内に直接語り掛けてやがる。そんな力が使えるならば、俺の布教なんて必要ないだろ。
“いいえ。貴方が少しでも私を信じさせる心を彼に植え付けたからこそ、私はこうして彼に語り掛けることが出来るのです”
そうですかそうですか。
暫くぶつぶつと何かを呟いた後、突然何かに目覚めたような顔になったアンドレは、「相談に乗ってくれてありがとう。それじゃあ」と言って足早に俺の部屋を出て行った。
・・・・・・ああ、まあ、アンドレの悩みはリンネが何とかしてくれるだろ。
俺はそう思うことにして、日の光が完全に消えるまで、自分の部屋で待ち続けることにした。