百三十四 下男、展開に置いていかれる
「其方の秘密を暴こうと考えているわけではない。これが単に私の能力の問題なのか、其方に何らかの特別な事情が存在しているのかを知りたいだけなのだ。勿論、その事情を話す必要はない」
そうは言っても、もう秘密がほとんどすべてバレてしまっているんじゃないですか。こいつはどうしたもんか。
「・・・・・・俺は生まれつき、魔力がほとんど存在しないのです」
正確にはゼロだけどな。
「・・・・・・そうか。話し辛いことを訊いてしまった。許して欲しい」
「大したことではありません。魔法が使えないからと言って、生活に困ったことはありませんから」
まあ、全てはマリアのお蔭なんだが。彼女がいなかったら、俺は野垂れ死にしていただろう。
「そうか。・・・・・・何か困ったことがあれば、ぜひ私を頼ってほしい」
「お心遣い感謝いたします。・・・・・・それでは失礼いたします」
そう言って俺は部屋を出た。
部屋の外で待機していた侍女の案内を受け王城の廊下を歩いていくと、俺はシャノンとエリンが待つ応接室へと辿り着いた。
「今回の件だが」
「すべてシャノン殿の手柄で問題ありません。俺は欲しいものを手に入れることが出来たので」
シャノンが何かを言う前に、俺ははっきりとそう宣言しておいた。
「では、私に出来ることは何かありますか?」
「殿下が俺の望みを叶えてくれたので、妃殿下に望むことは何もありません」
「・・・・・・随分と無欲な方なのですね」
エリンが驚いた表情で呟き、シャノンも無言でそれに同意していた。
「エイブの言っていた通りだ。貴殿は見返りを求めずに人を救う」
「見返りはもらっていますし、俺は言う程善人ではありませんよ」
「貴殿が偽善者ならば、この世に善人が存在しなくなってしまうではないか」
くっくっくと低い声でシャノンが笑った。
俺は良い気分で魔法学園へと向かい、学園長室へと向かった。部屋の中に入ると、やけに焦った表情のスルビヤがいた。
「ないかあったのか?」
「ラック! どうやら、この国は戦争を始めるみたいだ」
「─────────は?」
「アテネ姉上が今日、王とイズミルとの面会を手引きしたんだ。俺は謁見の間に直接入ることが出来なかったから、窓に張り付いて空気の振動による窓ガラスの揺れから魔法で音を再生して聞いていたんだが」
何気に高度な魔法テクニックを使っているじゃないかスルビヤ君。君俺よりもこの仕事向いてるぜ。
「イズミルの亡命の打診に王は始め難色を示していたんだが、そこにドゥイチェ公爵が口を出してな。亡命したアナトリア伯爵領を足掛かりに聖地を取り戻して、そこに国を建てれば良いとか言いだしたんだ」
いや待て待て待て。俺は一ミリも話を理解していないんだが。ていうか聖地って何?
「端的に結論を言うとどうなるんだ?」
「テュルキイェ家がエウロペ王国に亡命して、エイジャ王国との戦争になる」
待て待て待て待て。テュルキイェ家はイズミルの家。テュルキイェ家は隣国のエイジャ王国でアナトリア領を治めている。そのテュルキイェ家はこの国、エウロペ王国に亡命する。そしてエイジャ王国とエウロペ王国は戦争になると。
なるほどなるほど。よくわからんが兎に角やばい事態であることはわかった。
聖地とはまさしく、エデンの園があると言われている場所である。どうして隣国に聖地があるのかと言うと、我が王国のご先祖様はエイジャ王国の領域からエウロパ王国の領域に引っ越してきたんだけど、いつの間にか戦争で聖地をエイジャ王国に取られてしまったからだ。
正確に言うならば取られたというよりも、聖地がある所に別の王国が出来たと言うべきところなのだが。
聖戦だとか大義だとかはどうでもいいのだが、一体俺達はどうすればいいのだろうか。スルビヤはどうしようもないのだという。
俺も戦争を止める方法などとんと見当がつかない。
全く、折角ヘレナに関する情報を集めてきたというのに、スルビヤの集めてきた情報の後ではかすんでしまうぜ。
俺が少し肩を落としながら情報を伝えると、何故かセバスチャンはにやりと笑った。
「面白い展開ですね」
一体何が面白いのだか。
取り敢えず王城におけるこれ以上の情報収集を止めることをセバスチャンに提案すると、彼は最後にやることがあると俺達に告げた。
「今夜、ヘレナを攫ってきてください」
遂に執事の頭がおかしくなったか。
「セバスチャンさんは、伝説を信じていらっしゃるのですか?」
スルビヤの意味不明な質問に対し、セバスチャンは不敵な笑みを浮かべた。
「魔法を再現するには、血が必要である場合があるのですよ」
そう言えば、そんな考察がセバスチャンの書いた論文にも書かれていたような気がしなくもない。
「頼みましたよ」
セバスチャンの瞳が俺に注がれていた。
ちょっとまずは状況を整理させてくれよ。