百三十一 下男、ヒロインに話しかけられる
「男に戻れて良かったじゃないか」
けらけらと笑いながらスルビヤは言った。
「お前も一度性転換してみるといいよ」
手に持った玉手箱を掲げて見せると、スルビヤは後ずさりをする。
「冗談はよしてくれ。・・・・・・それで、今日はアイル伯爵邸に行くのか?」
「ああ。身をもって元の性に戻ることが証明されたわけだから、王も悩む必要は無いだろ」
「どうかな。今頃、第一王子が第一王女になった時のことを考えているんじゃないか。婿は誰にしようとか」
「そいつは、なんとも言えないが・・・・・・。お前は王城に行くのか?」
「ああ。屋敷は燃えたとは言え、仕事はあるからな」
「所で、エラダ伯爵とか他の使用人とかはどこに泊まったんだろうな?」
「わからん。姉上は知り合いの家に泊めてもらうとしか言ってなかったから。・・・・・・もしかしたら男かもしれん」
そいつはそいつで気にはなるが、詮索しても詮無きことだと思い止めた。
「しかし、これで公爵家間の抗争は落ち着くだろうが、俺達の本来の目的はちっとも果たされないぜ」
俺達がそもそも王城に潜入した理由。それは、ヘレナの素性調査の為であった。
「だがまあ、これで妃殿下からの信頼を勝ち得れば、彼女が少しは協力してくれるかもしれない」
「どうかな。正直、ヘレナは王家には全く関係ないのかもな、と俺は思っているんだが」
スルビヤもそう考え始めたのか。
俺はセバスチャンに調査の中止を求めようかと考えながら、途中でスルビヤと別れ、アイル伯爵邸へと向かった。
昨日の火事の話などの社交辞令的な挨拶を手短に済ませ、シャノンに性別が元に戻ることを伝えると、彼は「よくやった!」と心の底からの喜びを見せた。
「これで一切のリスクなく王子の病気を治すことが出来る」
確かに肉体的なリスクはない。俺は特に病気をしていなかったので確実なことは言えないが、体中にあった擦り傷がきれいに消えていることは確認した。
またレベルアップで強化されていた肉体は性別変化後も変わらず、突然魔法が使えるような事態にも陥っていない。
というか、この秘宝はどういった仕組みなのだろう。見ただけで肉体の構造が変化するなんて一体どんな魔法なのだろうか。
手に持った玉手箱を見詰めながらそんなことを考えていると、シャノンが早速王城に行こうと立ち上がった。
「いや、その前に報酬のことを話しておこう。貴殿は何を望む。私の力の及ぶ範囲であれば、どんな望みも叶えよう」
「そうですね。どちらかと言えば、シャノン殿にではなく、妃殿下に聞いていただきたい議があるのですが」
「妃殿下に、か。わかった私からも頼んでみることにしよう」
「・・・・・・勿論、王族の方に聞いていただきたい事という意味で、妃殿下個人に、という話ではありませんから」
「そんなことはわかっている」
少し早口に、かつぶっきらぼうに言うシャノンの様子を見て、ヴェニアによって削られた精神を少しだけ回復することが出来た。
王城に向かい、早速エリンと面会。性別を元に戻せることを伝えると、エリンは喜んだが、彼女は直ぐに行動しようとはしなかった。
「実は今、王は政務が立て込んでおりまして。暫くお待ちいただけますか?」
その話を聞くや否や、俺は机の上に玉手箱を置くと席から立ち上がった。
「それでしたら、少し所用がありまして。シャノン殿に後はお任せいたします。俺はもうこの部屋には戻ってこないので」
そう言い残すと、俺はそそくさと恋仲の二人を残して部屋を出た。
ふ、我ながらナイスプレイだぜ。
部屋を出る直前、慌てた様子のシャノンの顔と頬を赤らめていたエリンの顔をばっちりと確認しておいた。
我ながら、恋のキューピッドとしての才能があるのではなかろうか。そう考えて、直ぐにマルセイジュ、エルゼス、ケルンの三人の顔が思い浮かんで胸が痛くなった。
彼らのことは、一体どう解決すればいいのだろうか。ケルンは何をする? 俺はどうすればいい?
勿論、俺が解決すべき問題でもないことはわかっている。運命が変わったとかさんざん言っているが、俺の干渉程度でそもそもどうにかなった話なのだろうか。
エルゼスがいつまでも婚約を解消しなかったのは、マルセイジュへの何らかの気持ちが根底にあったからではないのだろうか。
だとしたらケルンは初めから・・・・・・。いや、そうとも言い切れないのか。実際、ケルンとエルゼスは口付けを交わしていた。ということは、エルゼスにはケルンへの想いもある程度存在していた、ということになる。
一体どうしたものか。
そんなことを考えながら王城の廊下を歩いていると、廊下の反対側から見覚えのある人間がやって来た。
乙女ゲーム『恋する魔法学園2~ドキ♡ドキ♡ ファンタスティックデイズ~』のヒロインであり、現在攻略対象の一人であるこの王国の第三王子スコット・デューク・カレドニア・アルビオンの住まう王城に泊まっている人物。
そう、ヘレナであった。
俺は彼女に一礼しながらその場をやり過ごそうと考えていたが、きょろきょろと首を振って周囲を窺っている少女の様子を見て、嫌な予感がした。
「あの・・・・・・」
困ったような表情でヘレナは俺に話しかけてきた。
「何でしょうか?」
「ここって、王城のどの辺りなんでしょうか?」
迷ったのか。
「この先には応接室があります」
「応接室、ですか。・・・・・・あの、私が止まっている部屋って・・・・・・、あの、すいません。わからないですよね」
それがわかるんだよなあ・・・・・・。この前スルビヤが教えてくれたし。だが、俺は行っても大丈夫なのか。何故なら、ヘレナが泊まっている部屋は、王族や一部の貴族しか入ることが出来ない区画にあるからだ。王城で働いている使用人ならともかく、出仕している貴族の下男程度が立ち入ることは出来ない。
「私が立ち入れる所まででしたら、ご案内いたします」
「え? 私の部屋、わかるんですか?」
「・・・・・・詳しい場所は知りませんが、殿下の客人とあらば、お泊りになられる所はおおよそ推察することが出来ます」
「そうなんですか。このお城に詳しいんですね」
そう言うわけでもないのだが。もしかしてこの子、今まで人に道を尋ねても案内とかされなかったくちだな。第三王子に睨まれることが怖かったんだろう。俺も気を付けないと。
ヘレナはふと何かを思いついたような仕草を見せると、顔を寄せ小声で話しかけてきた。
「でしたら、あの、このお城の中で、大声を出しても迷惑にならない所って知っていますか?」
何を言っているのかわからないが、ヘレナが色々むしゃくしゃしてわけもわからず走り出し大声で叫び出すという奇行をするところまで想像して、考えるのを止めた。
「城の中にはございませんが、外にはありますよ」
「あの、私、お城の外には出られなくて・・・・・・」
おいおい。スコットお前、過保護にもほどがあるだろ。
「外と言っても、城内ということが出来る場所ですから」
「・・・・・・ええっと、とんちですか?」
そういうわけじゃないんだがな。
俺はまだの外に見える城を囲む城壁を見詰めながらそう思った。