百二十九 下男、魔法学園に戻る
上空からマントの連中を捜索していると、意識を失っていたスルビヤが身を起こした。彼がパニックに陥らないように丁寧に状況説明をすると、スルビヤは疑問を口にした。
「本当に、精霊は消えたのか?」
「恐らくは。少なくても、もう襲ってくる気配はないよ」
「箱も無事だし、一安心ってことだな」
すっきりした顔でスルビヤはそう言うが、俺は未だに気を抜くことが出来ずにいた。まだ、俺達を狙わんとしている連中が
エラダ伯爵邸は未だに勢いよく燃え続けているが、誰かが魔法を使っているのか、周囲の建物に火が広がっている気配はない。
赤い光が闇夜を照らし続ける中、俺はマントの連中の姿を完全に見失っていた。
「見付ける手段が俺達にない以上、これ以上探しても見つからないだろ」
スルビヤの一言には一理あると思った。しかし、今回見逃しても、また襲撃されては堪ったものではない。少なくとも、一人くらいは捉えておきたいものだ。そいつが詳しい情報を持っているか定かではないが、俺達を襲えば返り討ちに合う、という認識を刻み付けることには成功するだろう。
「多分、もうマクマホンは襲って来ないよ」
「どうゆうことだよ?」
俺はスルビヤの意図することが理解出来なかった。
「今回の一件で、王は箱が狙われていることに勘付くはずだ。目の前に第一王子を救う手段があるというのに、リスクを恐れて躊躇している内にその手段が消えてなくなってしまっては元も子もないからな。・・・・・・それに、もしかしたら王子は元の性別に戻れるかもしれないしな」
「どうやってだよ」
「一度見てから、時間をおいてもう一度見るんだ。二階性別が変化すれば元に戻るだろ」
言われて、俺ははっとした。どうして今まで考え付かなかったのだろう。見たら性別が変わってしまう秘宝なら、もう一度見ても効果があるかもしれないじゃないか。それに、仮に効果がなくとも王子の病気は確実に治るのだから、性別を元に戻すことは二の次に考えればよいのだ。
「でも、今日はまだ狙ってくるかもしれないぞ」
「・・・・・・確かに。降りるのはちとこわいなあ」
そう言うと、スルビヤはハルに視線を向けた。
「ハルちゃんは、あとどれくらい飛んでいられるの?」
「ずっと飛べるよ」
この子眠らないからな。・・・・・・いや待て、この子さっき眠ったぞ!?
「いや、どこかに降りよう。その方がいい」
寝ぼけて空中で雲を消されてしまったら、自由落下からの墜落死が確定してしまう。
「けど、どこに行くんだよ?」
スルビヤの問いに、俺は直ぐに答えることが出来なかった。
「ヴェニアお姉ちゃんの所は?」
「それいいね」
良くない! それは良くない。しかし理由が離せないので口にすることもできない。
俺が黙っているのをいいことにスルビヤとハルは賛成と受け取ったのか、そのまま俺達は魔法学園へと雲に乗って飛んでいった。
魔法学園の入り口付近にセバスチャンが立っていたので、二人には先にヴェニアの許に向かってもらうことにして俺だけセバスチャンの許に降りた。
彼はかなり緊張した面持ちをしており、普段の態度との差に俺は少々驚いていた。
かくかくしかじかと状況を説明すると、セバスチャンの緊張が少しだけほぐれたように感じた。
「なるほど。精霊を無事倒せたのですね」
「・・・・・・あの、セバスチャンさんは、精霊が王都に現れたことにいつから気付いていたんですか?」
「・・・・・・貴方はハルさんに教えてもらったのですね?」
「・・・・・・はい」
「結論としては、魔力保持者なら訓練で精霊の出現を察知できます。ただ、ハルさんは例外です」
「例外?」
「彼女の体は精霊と生物の中間にあります。体が魔力で出来ている為に、精霊の出現時に起こった魔力の揺らぎを近く出来るのです」
「・・・・・・よく、意味がわからないのですが」
「ハルさんにはわかる、と覚えておいてください。後、学園の見張りは私がやります」
あれ? セバスチャンが今日はとっても優しいぞ!?
「貴方は夜を楽しんでください」
前言撤回。とっても性格が悪いぞ。
瞬間、ふと悪寒が全身を走った。
何となく、学生寮の方向の方から怨念を送り込まれているような、そんな気がした。
魔力を持たない俺には精霊の出現を察知することは出来ないと聞いたばかりなのだが、何故か闇の精霊が学生寮の一室に出現したような錯覚に囚われた。