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百二十六 下男、泊まる

 その後の俺の抵抗も空しく、「寝る時は学生寮の自分の部屋に行けばいいんですよ」とごり押しするヴェニアに負け、俺は彼女の部屋でハルを含め三人で他愛もない時間を過ごした。

 腹が減ると、三人で食堂に行き夕食を食べた。ハルは相変わらず腹は空かないようだったが、食事その者には興味を示し、味体験を楽しんでいた。

 部屋に戻ってのんびりと過ごしている内に、ふと気付く。これは家庭の空気だ、と。

 確かに成人して直ぐに結婚するこの世界では十五歳で所帯持ちと言うのは別段不思議なことではない。しかしハルの年齢の子供が出来るのは少なくとも二十歳を過ぎてないからでないとおかしい。なのになぜ、これほどまでに家庭の空気に包まれているのだろうと。

 これが雰囲気に流されるというやつなのだろうか。そもそも、ハルは偶然出会ってそのまま何となく一緒に居るだけだ。ヴェニアだって偶然助けたら何となく流れで一緒にパーティーに参加してそのまま何となくキスをするような関係になっただけじゃないか。

 別に明確に俺達恋人とかどうとか何もないぞ。何だこの空気の圧力。徐々に外堀が埋められているような気がする。

 ヴェニアとの他愛もない会話をしている内に、ふと気付いた。ハルの声がしないのだ。

 彼女の様子を見ると、床に横になって目を瞑り、規則正しい呼吸を繰り返していた。眠っている、だと・・・・・・!?

「寝ちゃったみたいですね」

 そう言って、ヴェニアがひょいとハルを持ち上げてベッドに寝かせた。

 ハルの体重は恐ろしく軽く、ヴェニアが怪力だから持ち上げられるとかそんな裏設定はない。それに問題はそこじゃない。

 ハルが寝たことが問題なのだ。

 ハルがずっと起きていることを前提に考えていた俺は、三人でいるなら特に変なことも起きないだろうと高をくくっていたからだ。

 今、その前提が崩れ去った。

「ハルちゃん寝ちゃったので、私達がこのままこの部屋で話していても騒がしいですよね。どうしよう、・・・・・・あ、そうか。ルシウスの部屋でお話しませんか?」

 待て。待て待て待て。出来過ぎている。話の流れが出来過ぎているぞ。なぜこんなにもテンポよく事が運んでいるのだ。おかしい。ラブコメの神様の悪戯に違いない。・・・・・・いや、この世界の悪戯の神様はエデンって言うんだっけ?

「いや、もう良い時間だし、俺は自分の部屋で寝るよ」

 俺がそう言っている間に、ヴェニアは滑らかな動きで俺の懐に潜り込んだ。上目遣いに俺の顔を覗き込み、顔を近づけて小声で囁いた。

「また日和るんですか?」

 この世界、童貞が許されるのは小学生まで、とはいかないまでも、十五歳までには大体の人間が非童貞なのである。しかし魔法学園に通うような人間は童貞なのでは、と俺自身は思っているので、貴族という立場になった以上モラトリアムが許されるはずなのだ。

 それに体は十五歳とは言え俺の中身はおっさんなのだ。同年代の少女に情欲など抱くはずがないだろう。ははは。

 嫌な汗がじとりと湧いてきた。

「私は貴方の頼みを聞いてハルちゃんを預かったんですよ。相応の対価というものがあってもいんじゃないですか?」

「さっきはもっと預かっていたいって言っていたじゃないか!?」

「それはそれ、これはこれです。褒美もなしに人が動くと思っているんですか?」

 少女の顔は、文字通り、目と鼻の先にあった。俺はヴェニアの頬にそっと手を添え、彼女の唇に己の唇触れた。

 ハルが近くで寝ているということもあり、恥ずかしくなって直ぐに唇を離そうとした。が、離れなかった。

 二つの唇は磁石の様に引き合い、一方が離れようとしてももう片方がそれを追いかけた。

 そして、キュッと閉じていた俺の唇の隙間に、何かがぬるりと入って来た。俺は堪らず後ろにのけぞり、勢い余って床に頭をぶつけた。

 痛みの後に、ハルが起きるのではないかという恐れと、恥ずかしさと、そして何が起こったのかを理解して、俺の心臓は早鐘を打った。

 結果的に俺に馬乗りをするような体制になったヴェニアは上気した顔で俺を見下ろしていた。

 俺は何度も対峙した魔物の目を思い出した。自分が駆られることを微塵も想像していない捕食者の目。

 ヴェニアの瞳はまさにそれだった。

 恐怖は無いはずだ。なのに、体が動かなかった。

 少女の瞳に映る俺の顔には、動揺と、不安と、期待の色が浮かんでいた。



 ばっとハルが布団から体を起こした。

「何か来るよ」

 突然お予想外な行動に、ヴェニアの纏っていた雰囲気が薄れ、その隙に俺は彼女の下から抜け出ることに成功した。

「何が来るって?」

「もう来てるよ」

 そう言って、ハルが窓の外を指差した。

 指の先。王都の夜を、赤い光が照らしていた。

「スルビヤ・・・・・・」

 俺は窓から飛び降りていた。火の手が上がっていたのは、丁度エラダ伯爵邸がある所辺りであった。



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