百二十四 下男、頭を撫でられる
マクマホンは取引を持ち掛ける。アーカヴィーヴァに対してはエルトリアとの結婚できる代わりにイタロス家の別荘に火を放てと。シャノンヒベルニアに対してはエリンと結婚できる代わりに父親の腹心の部下を解雇させろと。じゃあ、ケルンは? エルゼスとの結婚の代わりに何をしろと言われたんだ?
アーカヴィーヴァに対する指示は、モンス公爵家、スティヴァレ伯爵家の弱体化およびティタノ伯爵家の御家取り潰しを引き起こすものだった。それに加え、第一王子の病気を治すための薬草の消滅という追加の意図もあった。
恐らくモンス公爵家が弱って最も喜ぶのはエクサゴナル公爵家の派閥とドゥイチェ公爵家の派閥だろう。弱ったところを取り込めるし、邪魔な勢力を一つ潰せるから。
マクマホンが第三王子スコット・デューク・カレドニア・アルビオンと繋がっているのは確定だから、最終目標ではないにしろ、スコットの王位継承という筋書きがその行動指針には含まれているはずだ。
シャノンが言うには、マクマホンが接触してきたのは一年前のことだという。部下を解雇することにどんな意味があったのかは調べてみないとわからないことだが、恐らく何らかの形でスコットの即位に関わってくるに違いない。
さて、ケルンの話だ。彼を取り込めれば、スコットは確実にドゥイチェ公爵家を取り込める。では、ケルンに何の取引を持ち掛けた? 今までの二人の傾向からして、取引相手の本人が直接手を下せる範囲のことに限られているが、あくまでも二例しかないので参考程度でしかない。
正直、第一王子の病気が治る見込みが見えてきたので、このままマルセイジュ、エルゼス、ケルンの三人の関係には俺はこれ以上関わらないのかとも思いはしたが、知ってしまった以上何かをしなければならない気もしていた。
しかし、一体どうすれば。
そんなことをぶつぶつと考えながら魔法学園に向かうと、ヴェニアとハルがきゃっきゃうふふとしていたので、こんがらがった俺の頭に一瞬の癒しが訪れた。
「ルシウス。ハルちゃんは私がもらいます」
「いや、俺の子供でもないから」
良しよーしと頭を撫でられてまんざらでもない様子のハルであったが、暫くするととことこと俺の許へとやって来た。
「ハルちゃん! そんな男の一体何が良いんですか!? 私の許に居た方が絶対幸せになれますよ」
何を言っているんだお前は。
「そう言えば、ヴェニアは実家には帰らないのか?」
「・・・・・・一緒に来てくれるなら考えますよ」
むせた。理由はない。
「ラック、日和った?」
「日和りましたね」
おいおいおいおい。ヴェニアはともかく、何でハルまで日和ったとか言うんだ? 絶対ヴェニアの悪影響だろ。
「まあ、それはともかく、兄弟が多いと気が休まらないものなんですよ。私は部屋が多少狭くても一人でいられるならそっちの方が良いですし」
そう言うものだろうかとは思いつつ、俺は「今日はありがとう。また来るよ」と言ってヴぇに許を後にした。
エラダ伯爵邸に戻り、スルビヤと情報共有しようとすると、彼は使用人が住む別邸ではなく本邸に俺を連れて行った。
ハルを屋敷の外に置いてまでどうしたのだろうかと思っていると、スルビヤが親指でくいくいと扉を指差し、僅かに空いた隙間から中を覗けと指示を出してきた。
みると、アテネとイズミル・テュルキイェが話していた。
・・・・・・どういうこと?
一旦扉から離れ本邸を出た俺達は、ハルを連れて別邸へと移動した。ハルは一人で部屋の中に居るのが嫌だというので、用いる言葉に注意をしながらスルビヤと話をする。
「どうしてイズミルがここに?」
「エラダ領もグリス領もアナトリア領に近くてね。他国とは言え、昔からアナトリア伯爵家とは交流があったんだ」
「面会の理由は?」
「詳しくは聞いていない。が、まあ間違いなく王へのとりなしの依頼だろうな。アテネ姉様が剣術指南役になったから、王への接触が図りやすいと考えたんだろう」
「・・・・・・それにしても、そんなにうちの王国は良いのかね?」
「どうだろうな。経済的に豊かである、ということは間違いないだろう」
「狙い通りに行くと思うか?」
「謁見は出来ても、要求は通らないだろうね。領地はどうするのって話さ」
確かに。亡命する時にアナトリア領を割譲ということにはならないだろう。そんなことになるならば戦争まっしぐらだ。
「争いは、嫌だなあ」
「全くだよ。平和な治世が続いてほしいものだ」
スルビヤと情報交換をした後、ハルと一緒に部屋に戻り、彼女と他愛ない話をしながら、机の上に置いた玉手箱をぼんやりと眺めた。
この箱が万事うまく解決してくれたらよかったのにな。
俺が少し弱気になっていることに気付いたのか、ハルが俺の頭を良しよーしと撫でてくれた。