百二十二 下男、玉手箱をもらう
翌朝、朝食の席で『森に入った女の子』の話をすると、スルビヤが思いの外いい食いつきをした。
「俺自身は子供の頃に何かで知った程度の記憶しか無いんだけど、冒険者の知り合いとかはその物語をよく口にするんだよ。話の内容に地域差があって、それでどこ出身かっていうのを判断することが出来るらしい。ラックの話だと最後オオカミに食べられていたけど、俺が利いたことがあるやつだと、オオカミからは逃げきれるんだけど、結界のせいで村に戻れなくなって、怖い怖い森の中をずっと彷徨わなくてはいけなくなった、ってオチなんだ」
「へえ。それじゃあ、結構有名な話なんだな」
「貴族の間じゃわからないけど、平民の間ではよく知られているんじゃないか」
だとしたら、ハルはこの物語が生まれる前の人間という可能性が出てきたな。見た目と実年齢が合っていない異世界あるあるだな。
俺は一人でセバスチャンの許に向かおうと思ったが、ハルがどうしてもというので、彼女を連れて魔法学園を訪れた。
セバスチャンは相も変わらず優雅に紅茶を嗜んでいたが、ハルの姿を見かけると肩眉を上げた。
「隠し」
「違います」
何でどいつもこいつも隠し子だって思うのかね。というか、十五歳で隠し子がいるとかどんだけだよ。貴族の世界怖すぎだよ。
「シルフィア・スカンジナビアのことなんですが」
俺がシルフィアの体に起こった治癒魔法の違和感について話すと、セバスチャンはしばらく考え込んだが、「確かに不思議だ」と呟いた。
「しかし、遺体は火葬されました」
「火葬ですか? どうして」
「ナオミさんの希望で」
ナオミの? どういうことだ? いや、彼女は前世の記憶があるから、土葬よりも火葬の方が良いと考えるかもしれない。しかし、いや、どうなんだ。
「信仰的な問題は?」
「慣習は土葬ですが、火葬の地域もあります」
なんてこった。これじゃあ確認するすべがないぞ。ちくしょう。
一縷の望みを見失い、どうしたものかと頭を抱えていると、珍しくセバスチャンの方から俺に話しかけてきた。
「ルシウスさん。これを」
そう言ってセバスチャンが取り出したのは、紐で縛られた漆塗りの黒い箱だ。この中身を覗くと、性別が変化してしまうのだ。
「これをどうしろと」
「身体構造を変える力、治療に使えるのでは?」
・・・・・・あ、え、え? それは、それで、いいのか? いや、王子だからこそ意味があるのでは? 王女だと問題があるのでは?
「歴史上女王もいましたよ」
「・・・・・・それ、解決になりますか?」
「面白いかと」
本当に人の悪い笑顔を、セバスチャンは浮かべていた。
「ねえ、その箱の中には何が入っているの?」
学園長室を後にし、魔法学園の校舎の中を歩いていると、隣を歩くハルがそう尋ねてきた。
「さあ。俺も見たことがないんだ。確か、ヘビ、だったか。でも、絶対にこの箱の中を覗いてはいけないからな。絶対だぞ」
振りじゃないからな。
「わかった」
ハルが素直な子で本当に良かった。
そう思いながら校舎を出て、さあ魔法学園から出ようという矢先、ばったりとヴェニアに遭遇してしまった。
目が合った瞬間に硬直。彼女の視線が俺の隣へと流れる。一瞬の困惑と閃き。
「隠し」
「一昨日偶然会ったんだ」
ヴェニアが言い切る前に、俺は語気を強めて言葉を重ねた。
「かく」
「血は繋がってない」
「・・・・・・ろ」
「違う。何を言おうとしているのかはさっぱりわからないが多分絶対違う」
「このきれいな女の人、ラックの知り合い?」
ずきゅーーーんっ!
そんな効果音がどこからか聞こえてきたような気がした。
「なに! この子、すごくいい子じゃないですか」
おいおいヴェニアさん。目がハートになってますぜ。
一方ハルは、俺の服をちょいちょいと引っ張っり、俺が顔を向けるなり、ぐっと親指を立てて見せた。
あらやだ、この子策士だわ。