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百十三 下男、魔法学園に行く

 シャノンからの頼みを断ったら消されるかもしれないという状況では確かにあった。けれど俺の中には確かに、マルセイジュ、エルゼス、ケルンに纏わる問題を何とかしてやりたいという気持ちがあった。

 ロバートが言っていたが、現状エクサゴナル公爵家とドゥイチェ公爵家が争っていられるのは婚約の問題が表ざたになっているからだ。そしてその婚約の問題が根深くマルセイジュとケルンの間に横たわっているのは、俺がヘレナと出会う運命を変えてしまったから、という思いがどこかにあった。

 無論、俺が何もしなくても、今の様にマルセイジュとエルゼスの関係が良好になっていた可能性は十分あり得た。だから、これはあくまでも、俺の勝手な思い込みだ。自分から行動する理由を、勝手に当てはめているだけだ。

 ヘレナと出会った彼らがどうなるかなど、正直俺には想像もつかない。しかし、パーティー会場でクーニャと踊っていたケルン。ルフィの死を前にして笑っていたケルン。自暴自棄になっていたマルセイジュ。エルゼスの横で照れ隠しをしていたマルセイジュ。二人の間で揺れていたエルゼス。マルセイジュの横で笑うエルゼス。彼ら三人の運命の糸が複雑に絡まった原因の一つにもし俺がいるというのならば、俺がその糸を断ち切る鋏にならねばならない。そんな感情が俺の中に芽生えていた。

 きっといつもの、英雄願望なのだ。誰かを救っている自分に酔っているだけなのだろう。アイル伯爵邸からの帰り道、この問いを延々と自問自答し続けて、エラダ伯爵邸に着く頃には、自分なりの一つの答えを得ていた。

 過程はどうあれ、引き受けた限りは解決に全力を努めようと。

この話をスルビヤにすると、珍しく彼が頬を引きつらせていたので、俺は無意識の内に彼の怒りを買うような顔をしていた。



 次の日、王城内部の調査はスルビヤに任せ、俺は魔法学園へと向かった。恐らく学生寮に残っているであろうナオミから、マルセイジュ、エルゼス、ケルンの三人の話を出来るだけ詳しく聞き出そうと思ったからだ。

 しかし、仮に彼女が学生寮に残っていたとしても、果たして俺に三人の情報を話してくれるかどうかはわからなかった。というのも、ルフィが死んでからまだ二週間しかたっていない状況で、果たして親友を失ったナオミの気持ちの整理が付いているかどうか、わかっていなかったからだ。

 気持ちの整理ばかりは、個人の問題だ。俺に何かが出来るというわけでもない。

 魔法学園に向かうと、何故か校門の所でウラル・ラッスィーヤに出会った。

 彼女は一瞬気まずそうな顔をしながらも、直ぐに申し訳なさそうな顔に切り替えて俺の方に近付いてきた。

「その、あの時は、早とちりしていたようで」

「気にしなくていいよ。君も気が動転していたんだろ?」

「でも、あんな大勢の人の前で、犯人呼ばわりして」

「もし仮に立場が逆で、あの時君の服に血がついていたとしたら、俺は君のことを疑っていたと思う。だから、本当に気にしないで」

「・・・・・・そう言ってもらえて、本当に助かるわ。いえ、もしかしたら、貴方なら許してくれるかもって、心のどこかで思っていたのかも」

「もう誰も俺のこと疑っていないんだろ?」

「ノルマン伯爵家の長男、ロバート・コンクェストが容疑者とされてからは、もうみんな彼の方に関心が移っているわ」

「ほら。ならもう、問題ないだろ?」

「・・・・・・でも、私の気が済まないわ」

「そう言われてもなあ・・・・・・」

 その時ふと脳裏に浮かんだのは、シャノンの言葉。ある筋から、俺の話を聞いたというもの。

 俺が死地に自ら飛び込んでいく鉄砲玉男だということを知っている人間は、かなり少ないはず。そのうちの候補の一人は、ヴェニアを助けに森へと飛び込んだのを見ていた、このウラル・ラッスィーヤであった。

「じゃあ、質問に一つ答えてくれよ」

「いいわ。何でも聞いて」

「シャノン・ヒベルニアを知っているか?」

「ヒベルニア・・・・・・。確か、アイル伯爵家の長男よね? 彼がどうかしたの?」

 ウラルの様子を見る限り、彼女がシャノンに俺のことを話した、ということはないだろう。

「いや、知っているかどうかを聞いただけだよ」

「何それ? そんなことが知りたかったの?」

「ああ。そうだよ」

「もっと聞いてくれていいわよ。何でも答えてあげるから」

 なんでもだと。言ったな。言質取ったぞ。

「じゃあ、ユークレインとはいつ結婚するんだよ」

 瞬間、ウラルは石の様に固まった。段々と石に動きが生まれ始めると、今度は少しずつ彼女の顔が赤くなっていった。熱を発し、視線が泳ぎまくっている。

 そんなに恥ずかしい質問だろうか、と俺が悩んでいると、ウラルはこれを震わせながら答えてくれた。

「実家に帰ったらすぐにでも」

 まじですかい?

「え? もう決まってるんだ。いつ帰るの?」

「・・・・・・今日明日中に・・・・・・。今丁度、学園長に挨拶をしてきたし」

 なるほど、道理で校門の前でウラルとすれ違ったわけだ。

「いや~、式には呼んで欲しかったなあ」

「・・・・・・来る?」

 ものすごく来てほしそうな目で、ウラルが俺を見ていた。

「絶対行きますよ。いや~、予定を変えてでも行きます」

「じゃあ、明日の朝、私達と一緒にルーシ領へ帰りましょう」

「・・・・・・い、いよ」

「本当に、ありがとう。貴方と友達になれて、心から良かったと思っているわ」

 がっちりと握手を交わした後、ウラルは魔法学園から離れていった。

 なんか唐突に話が進んだなあと思いながら、俺は学生寮へと向かった。夏休みということもあり、魔法学園内の人の出入りはほとんどなかった。

 寮長に挨拶をかわし、「パーティーの日は災難だったね」などという世間話をした後に要件を伝え、少し緊張しながら女子寮に入っていく。

 出来れば人に会いませんようにと思いながら階段を上り、運よく誰とも会わずにナオミの部屋の前に来ることが出来た。

 胃痛で吐きそう。

 そう思いながら、彼女の部屋をノックした。返事が無かった。もしかしたら、実家に帰ってしまったのだろうか。念のためもう一度ノックすると、部屋の奥から少女の声が聞こえてきた。

「──────誰?」

「俺だよ。ルシウスだ」

「要件は?」

「少し聞きたいことがあるんだ。・・・・・・ゲームのことで」

 ゲームとさえ言えば、ナオミにはこの世界の下地になっている乙女ゲームのことだと直ぐに伝わるだろう。

「・・・・・・今は、少し無理」

 どうやら、ナオミは相当参っているらしい。これは話を聞くのは無理そうだ。

「お昼には、大丈夫だから。食堂で待ってて」

「・・・・・・無理、しなくていいからな。」

 そう言い残して、俺は彼女の部屋を後にした。

 昼までまだ時間がある。さて、どうやって時間を潰そうか。

 そんなことを考えながら女子寮を出ると、偶然、ばったりとヴェニアに出会った。最近、本当に会う頻度高いなおい。

 最初俺を見た時、明らかに「げっ」という表情をしたヴェニアだったが、ふと何かに気付いたような素振りを見せた。

「・・・・・・女子寮から出てくるなんて。誰に会いに来たんですか?」

 俺でも簡単にヴェニアの言葉の裏の意味が取れた。彼女は、「私に会いに来たんですか?」と俺に尋ねているのだ。

 これ正直に答えたらまた金的を喰らうんじゃないだろうかとか、今度こそ本当に呆れられて関係を断ち切れるかもしれないとか色々考えた後、何故か脳裏に浮かんだ、「君に会いに来たわけじゃない」と言ったら泣かせてしまうかもしれない、という可能性にしり込みをして、俺ははっきりと答えることが出来なかった。

「・・・・・・大した用事じゃなかったから、気にしないでくれ」

 思わず、今すぐにでもこの場から立ち去りたい気分に駆られたが、今から食堂に行って何分も一人で待つというのは、なかなかに堪えるものだった。というのも、俺は今、何故だか無性にヴェニアとの関係を改善したい気分に駆られていた。

 最初は遠ざけようとしていたのに、ヴェニアの方から離れていくと急に追いかけたくなるなんて。これが俗に言う押して駄目なら引いてみろ作戦か? 意外と効果あるじゃないか。

 いや、でも。はっきりしといたほうがいいのでは。実際、俺はエルトリアのことが完全に吹っ切れたわけではないし、ヴェニアに対し好意を抱いている、という実感は今一つ存在していない。

 今彼女に抱いている感情は、向けられていた好意が突然途絶えたことに対する焦燥感でしかないはずなのだ。

 この思考をしている間、俺達の間には沈黙が訪れていた。ふと、何かを話さなければという衝動に駆られ、ヴェニアは俺が死地に飛び込んでいく人間だということを知っている可能性に思い当たる。

「シャノン・ヒベルニアって知ってる?」

 ヴェニアは直ぐには答えず、悲しげな眼で俺を見た。

「用事って、その質問?」

 うわっ。これ知らない感じだ。しかも雰囲気が最悪になってしまった。え、ああ、うん。これ一体どうすればいいんだ?

「いや、あの、ちょっと、良いかな」

 そう言って俺は彼女の手を掴み、学生寮裏へと連れてきた。彼女が無抵抗で着いてきたのは、俺としてはかなり驚きであった。

 学生寮裏に来て俺がヴェニアの手を離すと、彼女は壁にもたれかかっていった。

「こんな所に連れてきてどうしたの? また衛兵を呼んでほしいとか?」

 彼女の瞳から僅かに滲み出た期待の色が、俺の胸を締め付けた。これが罪悪感なのか、それ以外の感情なのか、俺自身にはまるで判断がつかなかった。

 そんな顔をしないでくれよ。

 祈るような気持ちで胸騒ぎと闘っていると、俺は無意識の内に口走っていた。


「───────目を閉じてくれると、助かる」


 言って、暫くしてから、ようやくその言葉を相手がどう受け取るか気付いた。

 おいおいおいおいおい。何を言っちゃってくれちゃったりしてくれちゃったりしてしまっているんだよ俺。ぜってえヴェニアもドン引きだよ。

 そう思い彼女の様子を見ると、明かな動揺の色が浮かんでいた。耳の先が赤く染まり、俯きがちになって俺と視線が合わなくなった。

 ・・・・・・こいつは、後に引けなくなってしまった。

 俺は少しずつ、ヴェニアの許に近付いた。彼女は俯いてしまっているので、どんな顔をしているかはわからなかった。彼女の目の前で立ち止まると、ヴェニアはゆっくりと顔を上げた。瞼は閉じていた。

 俺は彼女の頬に手を添えた。びくりと震えた後、少女は全身に力を漲らせていた。

 ・・・・・・そんなに緊張していると、こちらまで緊張してくるんだが。

 そう思って、俺は自分のやろうとしている行為を改めて振り返った。俺は一体、何をしようとしているのだろうか。

 考えても結論は出なかった。ので、未だにパーティーでの熱に浮かされていると思うことにして、ヴェニアにキスをした。



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