百十二 下男、陰謀に巻き込まれる
あれからも時々、俺は手紙の配達に駆り出された。チンピラが襲ってくることは無かったが、一体何のための手紙なのかもわからないものを何度も送り届ける行為は、とても不思議な気分だった。郵便配達員さんとか手紙の中身気になったりしないものかね?
エリンの方から俺に何も言って来ないということは、彼女は俺を本当に使い走りにさせているのか、もしくは俺が彼女に何かを要求するのを待っているのかのどちらかだと考えた。だからと言ってこちらから王族に接触を図るのは難しいので、俺は手紙を届けるついでにシャノンに聞いてみることにした。
「頼み、というのは、金以外に何か褒美が欲しいということか?」
「いえ、そう言うことではなく。純粋に、自分が何の手紙を運んでいるのかが気になってしまいまして・・・・・・」
「そうか・・・・・・」
シャノンはしばらく考え込んだ後、何かを決心したような顔をして俺の方を向いた。恐らく、俺を何らかの計画の仲間に引き込むべきか否かを迷っていたのだろう。
「貴殿に運んでもらったのは他でもない。彼女からの手紙だ」
「・・・・・・あの、できればその内容を」
「────────恋文だ」
俺は気付いた。これ裏とか狙いとか怪しい計画とか全く関係なく、確実にいいように使われてしまっているだけだと。
「・・・・・・これは、無粋なことを聞いてしまいました」
「気にするな。訳も分からずものを運ばされていては、その中身が気になるのも当然だ」
「そうおっしゃっていただき、感謝の念に絶えません」
しかし、恋文か。こうやってわざわざ俺に運ばせるということは、叶わない恋なのかもなあ。辛いなあ。何でみんなが幸せになるような展開にならないんだろうか。
「伯爵位というのは、王族と結婚するには低すぎるのだ。それに、彼女は王国唯一の姫君。他国の王族に嫁ぐのはほぼ決定事項と言っていい」
そこまでわかっているのにこうして手紙のやり取りを続けるのは、それでも諦め切れない想いがあるからなのだろう。俺も叶わぬ恋をした経験があるだけに、少しだけシャノンの気持ちがわかるような気がした。
「それでしたら、俺の様な人間ではなく、もっと信頼のおける人物に手紙の運搬を頼まれてはいかがでしょう?」
「貴殿が自らそれを口にするとは。少し意外だな。・・・・・・だが、貴殿を選んだのは、けして偶然というわけではないんだ、ルシウス・イタロス殿」
どうしてだろうな~。俺、本名名乗ってないはずなのにな~。何で知っているんだろ~。あれれ~、おかしいぞ~。・・・・・・と、ふざけている場合じゃないな。こいつは、少しやばいかもな。
「そう警戒するな。貴殿のことはとある情報筋の話から聞いたことがあるだけだ。人を助けるために自ら死地に飛び込むことも厭わない人物だと。評判通りの善性だった」
その情報筋が気になって仕方がないんだよ。というか自ら死地に飛び込むって、俺そんなに死にかけてる? 誰だ? 俺が危険なことをしていると知っている人間はそれほど多くないぞ。
「それで、俺に何をさせたいんですかね?」
「まあ、まずは話を聞いてくれ。現在、魔法学園でシルフィア・スカンジナビア嬢が亡くなったことで、その容疑者としてノルマン伯爵家の長男、ロバート・コンクェストの名前が挙がっており、そのノルマン伯爵家を派閥に向かい入れているエクサゴナル公爵家の関与が疑われている、という状況になっているんだ。
エクサゴナル公爵家の次男マルセイジュ・ガリアが長い間浮名を流していたということもあって、ライン伯爵家は長女エルゼス・ロートリンゲのマルセイジュ・ガリアとの婚約を破棄する方向で検討を進めているんだ。
この話は知らないかもしれないが、ライン伯爵家の領地はエクサゴナル公爵家とドゥイチェ公爵家の間にあって、資源も豊富なんだ。ライン伯爵家は子供が娘一人しかいないから、選択としてはどちらかの公爵家に嫁がせるしかない。そして、片方に醜聞が流れているのならば、もう片方に嫁がせようと考えるのはおかしな話ではないんだ。例え、その婚約者がつい最近亡くなっていたとしてもね」
「そんな話を俺に聞かせて、どうしようって言うんですか?」
「まあまあ。まだ話は終わっていないよ。今回のこの公爵家間のいざこざに、王族が関わろうとしているんだ」
予想していたとは言え、きな臭くなってきた。
「第二王子のウァレス・デューク・カンブリア・アルビオンがエクサゴナル公爵側に、そしてスコット・デューク・カレドニア・アルビオンがドゥイチェ公爵家側に付こうとしている。あくまでも、これからの話だが。
彼らは大きな後ろ盾を確保して、自分が次期国王になろうと画策しているんだ」
「でも、第一王子がいますよね?」
「第一王子は、これはほとんど知られていないことだが、現在ご病気なんだ。頼みの綱であった貴殿の家の万能薬になる花畑が燃えてしまい、今の所第一王子を救う手段は存在しない」
いやちょっと待てちょっと待て。いきなり情報過多だぞ。
「俺にそんな大切な情報を話して大丈夫なんですか?」
「しかし、このことを話さないでこれから頼むことをしてもらうのは気が引けるからな。そう緊張せずに聞いてくれ。
私はこの緊張状態を回避したいと考えているんだ」
「・・・・・・そして自分の手柄にして、爵位を上げたい、と?」
「頭が回るじゃないか。成功の暁には、相応の報酬を払うと約束しよう」
「もし断ったら?」
「貴殿は断らない。絶対にな」
一体何の確信があって、この男はこうも自信満々に言い放っているのだろうか。
しかし、案の定と言うべきか、俺はこの誘いを断ることが出来なかった。