百十一 下男、蹴られる
「俺の魔法学園での扱いって、今はどうなっているのかな?」
「そんなのレムスさんが「ルシウスは犯人じゃない」って皆に言い回ったおかげで次の日の朝には誤解だったと捕まえた皆さんも反省していましたよ。お兄さんのお蔭で無罪判定されて釈放されたようですね。おめでとうございます」
まじかよ! 神様仏様レン様様様だぜ。・・・・・・しかし、レン本人が心配だ。でも、俺がレンのそばにいた所で彼の傷が癒えるというわけでもない。
「・・・・・・それに、私だってハトが止まっていた部屋の場所を話して貴方の無実認定に一役買ったんですから・・・・・・」
ヴェニアが小さい声でそう呟いた。
彼女が意味するところはつまり、ロバートの手紙を学校側が確保したということだろう。え、それってロバートが犯人に祭り上げられているってこと?
「じゃあロバートは?」
「そ・ん・な・こ・と・よ・り! どうしてあの時どこかに行ってしまったんですか? 答えてください!」
ええ!? そんなことで済ませていいのかな、これ。
「・・・・・・いや、本当にあの時は申し訳ない。会場に大切なもの忘れてきちゃって」
「・・・・・・本当に忘れものなら、私もここまで怒ったりしませんよ」
あらあ、置き去りにしたことで起こられているわけじゃないぞこれ。一体何の理由で起こってるんだってばよ。
「あの後学生寮前に戻ったらヴェニアがいなかったから、てっきり待ちくたびれて帰ったのかと」
「本当に戻て来たんですか? 本当は日和ったんじゃないんですか?」
ヴェニアが俺の首元に手を掛けながら詰め寄ってくる。怖い。目力の圧が怖いよヴェニアさん。そんなヤンデレみたいな顔しないで。・・・・・・と言うか日和ったって何のことだ。
「スルビヤも一緒に居たから彼が承認になると思うよ」
「そんなの、口裏を合わせているかもしれないじゃないですか? ていうか、そのダサい格好は何ですか?」
ダサいとか言われちゃったよ。もう、おじさん悲しい。
「・・・・・・ああ、覗き屋ってわかる?」
「わかりますけど・・・・・・」
「その仕事関係で少しロバートの周りを調べていてね。あの時はロバートを探すためにパーティー会場に戻ったんだ」
「・・・・・・それが本当だとしても、私は貴方を許せません」
こいつは相当お怒りの様だ。困った。俺が衛兵を呼ぶべきなのだろうか? でも絶対視質問攻めにされて面倒なことになる。うーん。どうしたものか。
「・・・・・・少しは、褒めてくださいよ」
俺はヴェニアの呟きを聞き逃さなかった。
彼女の両肩に手を置くと、その耳元で囁いた。
「ありがとう。君のお蔭だ」
「・・・・・・おだてても何も出ませんから」
そうは言いつつも、ヴェニアの顔は赤くなっていた。
ははは。こいつはチョロインだぜ、ヒャッハー。
俺は「こっちに来て」とヴェニアの手を引いて先程出てきた路地裏へと向かった。彼女は何も言わず俺の後についてきた。
路地裏の中に入り、そこに転がる五人の男たちを指差して言った。
「こいつらを衛兵に突き出しておいてくれないか?」
数秒後、俺の股下に彼女の蹴り直撃した。
俺は力なくその場に崩れ落ち、ヴェニアはゴキブリを見るかのような目で俺を見下ろした。
「仏の顔は三度までという言葉を知っていますか? 知っていますよね?」
まだ二回目じゃない? ていうか痛すぎて気を失いそう。前世で一度喰らっていなければ耐えられない一撃だった。
「一度目は私のパーティーへの誘いを断った時、二度目はパーティーの夜、三度目は今ですよ。わかりますね?」
仏の顔なら三回まで許してくれるんじゃないの? ていうか一度目そんなに怒ってたっけ?
「でも、私は優しいですから。ちゃんと貴方の頼みごとを聞いてあげますよ。そこに転がっている男たちを衛兵に突き出せばいいんですよね? 貴方ごと」
そう言い残してヴェニアは路地裏から去った。
しばらくして衛兵が現れ、本当に俺まで連行されてしまった。いつから起きていたのか、俺の様子を憐れに思った五人の男たちの中の誰かが、俺は仲間じゃないと証言してくれたらしく、俺は解放された。
既に時刻はユーガタ。俺は非常に狭い歩幅で時間を掛けながら、アイル伯爵邸へと向かった。
「手紙、確かに受け取った」
手紙を運んできただけだというのに、わざわざアイル伯爵家長男のシャノン・ヒベルニアが俺のことを部屋に招き入れもてなしてくれた。
「・・・・・・それにしても、見た所調子が悪そうだが、何かあったのか?」
「・・・・・・いえ、何も。全部自業自得ですから」
チョロインだと思って頼めば何でも言うこと聞いてくれるかもとか少し思っていました。誠に申し開きもございません。
「そうか。ならいいんだ。・・・・・・所で、妃殿下の近頃の様子はどのようなのだろうか、教えてはくれないか?」
「私もつい最近王城に仕えたばかりでして。妃殿下とは、偶々すれ違った時にその手紙を託されたのです」
「・・・・・・ふむ。そうであったか。わざわざ運んでくれたことに感謝する」
シャノンがそう言うと、執事がお金を俺の懐に忍ばせた。重みがある。こいつはなかなかの大金かもしれない。パパラッチへの情報量に当てよう。
「今後、良い縁があることを期待しているよ」
何故かシャノンと握手まで交わした後、俺はアイル伯爵邸を出た。
エラダ伯爵邸に戻ってから、仕事に復帰することが遅れた理由をスルビヤに渋々報告すると、彼に屋敷中に聞こえる大声で笑われてしまった。
俺はスルビヤに怒りををぶちまけたい気分になるのを必死に抑えながら、彼との情報を交換した。
「妃殿下がラックに近付いてきたのは案外喜ぶべきことかもしれないぞ。もしかしたら、彼女からヘレナに関する情報を手に入れることができるかもしれない」
「そう簡単に行くもんかね? シャノン・ヒベルニアは、手紙を受け取った後中身を見ようとしなかったぞ。恐らく俺が囮だということがわかっていたんだ」
「いや、寧ろ今回のことはラックの適性検査だったんじゃないかと思うんだ」
「どういうことだよ?」
スルビヤの得意げな顔を見て少し腹がたった。
「新しく入って来た人間が自分たちの味方なのか敵なのかを判断する為の手紙運びだったんじゃないか? 恐らく、襲ってきた男たちがラックは仲間でないと発言してくれたのは、君に罪を着せない為、つまり君に今後も手紙運びとして活動してもらうためだよ」
「たった一回の試験で何がわかるって言うんだ」
「まあ、今後一回だけとは限らないけどな。でも、王城に入って来たばかりの人間が自分の敵か味方かを判断しようとするのはそれほど不思議な考えじゃないだろ?」
なるほどなと思っていると、俺の顔を見ていたスルビヤがぶはっと突然笑いをこぼした。差し詰め、思い出し笑いでもしたのだろう。
「そんなに笑わなくてもいいだろう」
「すまんすまん。いやー、でもなあ、ラック。君の思わせぶりな態度も問題だと思うぞ」
「思わせぶり?」
「自覚なしかあ。普通さ、好きな相手に人気の無い所に連れ込まれたら、恋人らしいことの一つや二つ期待してしかるべきだとは思わないか」
「わからなくもないが・・・・・・」
「これくらいわからないと、いつまで経っても童貞を捨てられないぞ」
スルビヤはほんの冗談のつもりで言ったのかもしれないが、前世の俺にまで響くその言葉によって、俺は完全にメンタルがやられた。