百九 下男、ヒロインの故郷を調べる
一日の仕事が終わると、俺とスルビヤとアテネの三人は王都のエラダ伯爵邸に入り、そこで夕食を食べた。俺は使用人なのでアテネと同じ席でないのは当然なのだが、何故かスルビヤは俺と共に食事をした。
「伯爵と一緒に食事をしないのか?」
「今は雇い主と使用人だよ」
そう言ってスルビヤは笑った。
「所で今朝の王子の行動だけど、あれってどういう意味があるんだと思う?」
スルビヤが尋ねているのは恐らく、ヘレナを王城に泊めるとスコットが発言したことだろう。俺も同じことが気になっていた。
「最初は恋人の家でお泊り程度に思ってたけど、よくよく考えてみるとやっぱり変だよな。もしかすると、暗殺の件で警戒しているのかもしれない。夏休み中、自分の目が届くところにヘレナを置いておきたいのかも」
「そう、そこだよ。スコットはヘレナの命が狙われる可能性を心配している。これって変じゃないか? だって暗殺の実行犯は自分と繋がりのあるマクマホンのはずだよ。自分の手のひらの上で事が進んでいるはずなら、警戒する必要なんてないじゃないか」
つまり、スルビヤはマクマホンがスコットの思惑から外れて行動していると考えているのだ。スコットは魔法学園で起こった暗殺事件の犯人を知らないからこそ、その魔の手がヘレナに及ぶことを恐れた。
「・・・・・・ていうか、スルビヤはマクマホンのこととか、やつとスコットの繋がりとか色々知っているんだな」
「何をいまさら。セバスチャンさんが全部教えてくれたよ」
おいおいおいおい。本気で言ってんのか? セバスチャンそんな優しいキャラじゃないぞ。あいつ俺には何にも教えてくれないのに、スルビヤには教えるのかよ。
ちなみに何を教えてもらったのかをスルビヤに徹底的に尋ねてみると、ほとんど全て俺が報告した内容だった。
・・・・・・あの野郎。全く情報持ってなかったのか? それとも俺が報告した情報だけをスルビヤに流しておいたのか。いずれにせよムカつくぜ。
スルビヤは乙女ゲームという情報だけはもっておらず、今回の騒動を何らかの巨大な陰謀と認識していた。実際の所乙女ゲームのシナリオには描写されていない部分であるので、そのつじつま合わせの様な人の動きはまさしく陰謀と言っていいのかもしれない。
代わりに、スルビヤは俺が知らないヘレナの出身地に関する情報を持っていた。
そこは近年開発された本当に小さな村の名前であり、そんなところに貴族などいるのだろうか、と誰もが思うような辺鄙な所であった。
「そんな辺境の土地に居る少女がどうやって魔法学園のことを知り、どうやって王都までやって来たのか、本当に興味が尽きないよね。わざわざ暮らしている所を出る決断をしたのだから、何かの相当力強い後押しがあったはずだよ」
スルビヤの意見には俺も賛成した。町で暮らした経験があるからこそ言える。町は町で世界が完結しているのだ。普通はその外に出ようなどと興味を持つはずがない。それにヘレナが転生者ではないことは確認済みだ。故に、彼女が前世の人間の意思で魔法学園に来たという可能性はない。自分の強い意志で魔法学園に来たというのなら相当な変わり者と言っていいだろう。
「マクマホンのことに話を戻すけど、ここからわかることは二つあると思うんだ。一つは、マクマホンはスコット以外の王族もしくはそこに近しい人間と関りがあるということ。そして、スコットはエクサゴナル公爵家とドゥイチェ公爵家の争いに何らかの形で関与しているということだ」
「一つ目はわかるけど、二つ目はどういうことだよ」
俺の質問に、スルビヤは少しだけ得意げな顔を浮かべた。ムカつく笑顔だぜ。
「魔法学園の生徒で第三王子と平民が本気で恋愛しているなんて誰も思っていないんだ。それなのにスコットはわざわざ王城にヘレナを連れてきた。これは、暗殺した人間が、ヘレナが自身の弱みであることを知っていると、第三王子が認識していたからなんじゃないかと思うんだ」
「単純に心配だから連れてきた可能性も十分にあるだろ?」
「そしたら王城じゃなくてもっと田舎、例えばヘレナの実家に彼女を送りつつ、自分の信頼が置ける部下に警備を任せればいい。わざわざ王城に連れてきて目立たせる必要なんて全くないんだ」
「それだったら、わざと王城に連れてきて、貴族の連中に「これは俺の女だから手を出すな」と示しているとも考えられるじゃないか」
「・・・・・・確かに。でも、その意見はスコットが公爵家の争いに関与しているという考えにも、関与していないという考えにも、どちらにでも適用することが出来るじゃないか。だったら無いのと一緒だよ」
何だこいつ。ムカつくこと言ってくれるぜ。
「・・・・・・まあ、スルビヤが公爵家の争いのことも調べたいと考えていることはわかったよ。でも、俺達にその方法はないし、そもそもヘレナに関する調査という点から少し遠すぎやしないか?」
「いいや。ヘレナは王族や公爵家の人間と関わるような陰謀に巻き込まれるのが決まっていたんだろ。だったら、彼らの争いの中心に彼女の存在が関わってくるのは当然じゃないか。セバスチャンさんは、ヘレナのことを調べろ、と言っておきながら、実際は彼女にまつわる全ての問題を調査しろ、と言っているんだよ」
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ヘレナの出生の秘密や彼女が持つ何らかの能力によって、彼女が結果的に王族や公爵家の人間と深く関わることになったと考えるならば、ヘレナの出生の秘密や能力は王族や公爵家の争いを追えば自然と明らかになるだろう。
しかし彼女が乙女ゲームのヒロインであるということを考慮するならば、ヘレナが置かれている状況はゲームのシナリオを実行するために現実の世界で行われる政治的判断に巻き込まれてしまっているだけの様にも感じてしまう。
「・・・・・・そのヘレナの故郷ってところも、一度調べた方が良いかもな」
「じゃあ行ってくれば」
ノリ軽っ!
「まだ仕事一日しかしてないんだけど」
「馬に乗って行けば、一日くらいで着くよ。調査に一日と考えると、計三日かな。そのくらいなら体調崩したとか言ってどうとでもなるし」
「俺たち以外に調べてる人間とかいないのかよ」
「そりゃいるだろうけど、ラックが行った時に新しい情報が見つかるかもしれないよ」
なんて適当な。
その時はそう思いつつも、翌朝、俺は馬を飛ばしてヘレナの故郷へと向かった。
本当に何もない小さな村だった。少し話を聞けば、ヘレナが住んでいた家の場所はあっさりとわかった。
そこは既に空き家で、家の脇には墓が立てられていた。掘られていたのは男性と女性の名前。ヘレナの両親の墓なのだろうか。
家を調べてみたが、家具などは全くなく、手紙が隠されているかとも思ったが、隈なく調べても何も出てこなかった。
まあこんなものなんだろうな。これじゃあ調べても何も出てこないわけだ。
村の人に聞き込みを行っても、ヘレナには普通の両親に育てられた子、という情報しか出てこず、貴族や、まして王族の関与など疑いようもない。
もしかしてセバスチャンは最初、軽い気持ちで俺に調査を依頼したのかもしれない。偶々紫紺の瞳を持った少女が魔法学園に入学してきたから気になってしまったのだろう。
そんな偶々特別な容姿を持っていた少女が、何の気紛れか魔法学園に来てしまい、ふとしたいきさつから王族と出会う。
運命的とも言える物語に、人が裏を勘繰っただけなのかもしれない。
王都に戻ってスルビヤに報告した時、露骨に残念そうな顔をされたのが非常に苛立ってしまった。
もうこれは、ヘレナの存在を偶然の産物と決定していいのではなかろうか。
勿論、そう言って納得できる人間の数が圧倒的に少ないことは、容易に想像がついてしまった。