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百八 下男、王城に入る

「とりあえず偽名考えといて」

 と移動する馬車の中でスルビヤに言われて、直感でラック・イタラナイとした。我ながら安直な名前であるとは思ったが、スルビヤ曰く下男が名前を聞かれることなどそうそうありはしないのだとか。

「エラダ伯爵は俺の顔を知っているはずだけど」

「あの時は情報提供者としてあったって感じだし、あの時の縁で雇用したっていう筋書きにしておいたから安心して。それにルシウス、じゃなくてラックは貴族に見えないから」

「それ褒めてないだろ」

「うん褒めてない。一応例の眼鏡を掛けておけばいいんじゃない」

 それもそうかと思って、俺は黒縁眼鏡を掛けておいた。

 夏休み。俺達はこうして王城へと侵入するが、普通の学生たちは皆己の家に帰る。果たして、レンは家に帰るのだろうか。いや、帰れるのだろうか。

 本当は俺が彼を励ますべきなんじゃないのかと思いつつ、俺が居た所でどうにもならないのだと直ぐに気付く。

 己の無力さを噛み締めていると、俺達を乗せた馬車が王城へと到着した。



 アテネへの挨拶を軽く済ませた後、俺は王城の調査を開始した。アテネがスルビヤに頼んだものを俺が集めてくる、という二段構えの形なので、俺は基本的にもの探しのついでに自由に行動することが出来た。

 最初に頼まれたのは、調理場からお菓子をもらってくるというものだった。きっと甘いものが好きなのだろう。

 王城には基本的に誰でも入れる区画と王族や一部の貴族しか入れない区画とに分かれており、本来の目的であるヘレナについて調べようと思ったら当然その王族限定の区画に入らねばならない。だがその区画に侵入するということは当然、ばれたら危険ということでもある。

 夏休みは一か月以上あるのだし、まずは行きやすい所から調べてみようと、俺は調理場へと向かう過程でちらほらと前を通った部屋を確認した。

 思いの外王城で働く人のための部屋が多く、もっと華やかな部屋ばかりを予想していた俺にとっては少し意外であった。

 何となく近くに寄った窓からは壊れた教会が見えた。修理しているようだが、地下室から直さなくてはならないので、作業は難航しているようだ。

 調理場に行って自己紹介をした後、特別にお菓子を分けてもらうことに成功した。ありがとうシェフ。

 下男は基本的に人とすれ違う時は道を譲らなければならない立場である。王族に直接雇用されている執事やメイド、庭師よりも立場は下だ。

 つまり、人が来たら基本的に道を開けた頭を下げていればいいのだ。

 俺はその動作の過程で、逐一人の顔を観察していた。マクマホンがいるかもしれない、という思いからだ。

 どうやって追跡魔法の網をかいくぐっているのかはわからないが、変装を使うことが出来るならマクマホンが王城の中に居ても不思議ではない。唯一の利は、マクマホンの方は俺が変装を見抜けることを知らないことだ。

 向こうも俺の顔を知っているが、何とかして先に相手のことを把握しておきたかった。

 アテネにお菓子を届けるまでに何度も人とすれ違ったが、さすがにマクマホンを見つけ出すことは出来なかった。

 まあ、あくまで予想。そう簡単に見つけられるはずもないだろう。



 仕事が無いときは、基本的にスルビヤと一緒にアテネの指導を眺めた。確かに彼女は恐ろしく強く、屈強な男を鍔迫り合いの力押しで上回っていた。うん、ありえへん。

「・・・・・・そう言えば、何で俺達は夏休みに王城にやって来たんだよ」

 俺の問いに、スルビヤは少し首を傾けた。

「パーティーがたくさん開かれてチャンスがあるからだろうかな。俺も、詳しくセバスチャンさんから聞いていないんだ。あの人、本当に詳しいこと教えてくれないんだよね」

「わかる。本当になんも言ってくれない」

 二人で上司の愚痴を言いあいながらも、俺はその理由もしばらく考えていた。その時だった。

「これが王国騎士団なんですね」

「こんなの見て面白いのか」

「はい。とても」

 そんな男女の会話が聞こえてきた。何度も聞いてきたその声は、第三王子のスコットと、ヘレナの声であった。

 何でヘレナがここに?

 俺が疑問に思っていると、スコットが騎士団に近付いてきたので、アテネは一旦修練を止めた。

「これは、スコット殿下。どうなさいましたか」

「貴殿が新しい剣術指南役のエラダ伯爵だな。何、一つ挨拶をと思ってな」

「これは、誠にありがとうございます。身に余る光栄です」

「気にするな。大したことではない。・・・・・・あの女は、暫く王城に泊まる。同性のよしみで、何かと気にかけてくれると助かる」

「かしこまりました」

 おいおいおいおい。いきなりお泊りですか君達。まだ高校生だろ。早いなあ。最近の高校生は早いなあ。

 そんなことも思いながら、俺はヘレナの様子を眺めていた。

 彼女が王城に滞在するということは、そのまま王城でひと悶着ある、ということを意味しているからだ。




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