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百七 学生、捕らえられる

 魔法学園の地下には牢屋がある。だが近年はほとんど使われておらず、シモン・ロマが実験の為のサルを閉じ込めておくために使ったくらいで、基本的に何も入っていない。

 そんな空の牢屋の中に俺は放り込まれ、その後ウラルが牢屋の周囲に何らかの結界を張り巡らせた。

「沙汰があるまで、自らの行いを悔いることね」

 ぞろぞろと人が帰った後、俺は何もない冷たく寂しい場所に一人取り残された。

 一体どうすればルフィを助けることが出来たのか。考えては後悔するのを繰り返し、そして、いくら後悔しても、取り戻すことが出来ないものを失ってしまったというどうしようもない事実が、俺の心をごりごりとすりつぶした。

 外の灯りが入ってこない牢屋の中では一体どれほどの時間が経ったのかわからず、永遠に終わることのない暗闇の中に放り出されてしまったのではないかという恐怖が、自分という人間を異常に大きく感じたり、あり得ないほど小さく感じたりと、ひどく不安定な自己認識に俺を陥れた。

 耳鳴りが不安と共に大きく、大きく、大きくなっていく。堪らずに耳を塞いでも、暗闇が俺を押しつぶそうと膨張しているような錯覚に囚われ、目を塞ぐと、余計に耳鳴りがひどくなった。

 早く眠ってしまいたいという衝動に駆られるも、ルフィを助けることが出来なかったという罪悪感が、どうして眠ってしまえるんだ、という理不尽な脅迫を己の内側から絶えず発していた。

 早くここから出してくれよと願い、一体どれほどの時が経ったのだろうか。

 こつこつと誰かが階段を下ってくる音が聞こえてくるまでに、自分の罪を前世から今日に至るまで全て洗い出し、その一つ一つを悔いることが出来た。

 灯りが牢屋の前の廊下を照らし、やがて人が現れた。

「・・・・・・スルビヤ」

「今回は災難だったね」

 スルビヤは鍵を持っていて、それを使って牢屋の扉を開いた。

「早く出てくれ。人に見つかりたくない」

「・・・・・・俺は、どれくらいこの中にいたんだ?」

「二時間くらいかな」

「・・・・・・たった二時間か」

 俺はのそのそと牢屋から這い出ながら、一晩は牢屋の中にいたような感覚と現実との間の大きなずれに戸惑っていた。

「セバスチャンさんには俺から報告しておいたよ。だからルシウスは、明日からの王城潜入に備えて、俺と一緒に城下に来てもらう」

「潜入って、こんな時に」

「こんな時、だからでしょ。わかんない? ロバートからマクマホンに指示が入る前にシルフィア・スカンジナビアの暗殺は実行されたんだよ。ノルマン伯爵家以外の家が、予めマクマホンに指示を与えておいて、そのうえでノルマン伯爵家が暗殺を実行するように誘導したんだ。

 エクサゴナル公爵家もドゥイチェ公爵家もわざわざ面倒を抱え込んだりしないし、マクマホンに指示を出せる人間も限られてくる。つまりさ、今回の暗殺、王家か彼らに近しい人間が考えたとしか思えないんだよね」

「・・・・・・でも、人が一人死んだんだぞ」

「人が一人死んだだけだよ。シルフィア・スカンジナビアは、君の想い人だったとでも言うのかい?」

「そうじゃないけど・・・・・・」

「ただの知り合いなんだろ。俺としては、ただの知り合いの命の危機程度で、どうしてルシウスが弾丸みたいに迷いなく、自らの命の危険がある場所へと身を投じることが出来るのか不思議で仕方がないよ」

「そうかも、しれないけど・・・・・・」

 そう言うことじゃない。その言葉が、どうしても出てこなかった。

 階段を上がり、魔法学園の廊下に出る。

 校舎を出ると、スルビヤはランタンの灯りを消した。月明かりでも、十分に視界を保つことが出来るからだ。

「それにしても、ルシウスはどうしてマクマホンの居場所がわかったんだ?」

「パーティー会場で、周囲の人間には白い肌に見えているのに、俺には黒い肌に見える女性が居たんだ。それが魔法による変装だと思ったってだけなんだけど」

「人がわんさかいる会場でそれに気付くって、どんだけ人のこと良く見てるんだよ」

「・・・・・・いや、それが向こうから俺に接触してきたんだ」

「マクマホンから?」

「ああ。クーニャ・トリスタンと名乗っていた」

「それ、ルシウスが暗殺されそうだったんじゃないの?」

「いや、ダンスを踊ったくらいで」

「ダンスを踊ったのかよ」

「悪いか!?」

「悪くはないけど」

 そんな言い合いをスルビヤとしていると、少しずつ気が楽になっていった。

 魔法学園の敷地を出た辺りで、俺とスルビヤの話題はイズミルの部屋のことに移った。

「で、結局何か目ぼしいものはあったのか?」

「家との手紙がいくつか見つかったくらいかな。亡命の打診を王子にするように、という催促の手紙ばかりだったよ。・・・・・・ルシウスの眼鏡があれば、もっと何か見つかったかもしれないけどね」

「今度もう一つ作っておくよ」

「お願いね。・・・・・・っと、着いたよ」

「え、早いな」

 目の前の建物は、魔法学園から一番近い所にある服屋であった。休みの日など、学生たちは学園から出て王都で買い物や遊びなどをする。その服屋は、俺も利用したことがある店で、魔法学園の制服も取り扱っていた。

「おじゃましま~す」

 そう言って、スルビヤは店の中に入る。深夜だというのに扉に鍵はかかっておらず、明かりのついていない店内にスルビヤはためらうことなく入っていった。

 俺は恐る恐る彼の後について店の中に入った。

 暗い店の中をスルビヤは迷うことなく真っ直ぐ店の奥へと進んだ。いくつか扉を開けた先に、明かりの漏れてくる扉があり、スルビヤはその戸をノックした。

「どうぞ」

 スルビヤが扉を開けると、そこにはこの店の店主らしき男がいた。

「いらっしゃい。サブ。その子が例の」

「ああ。よろしく頼むよ」

「あいよ」

 そう返事するなり、俺はわけがわからないまま体の採寸をされ、店主は高速で服を仕立て、と言っても最終的な微調整だけであったようだが、そして俺は出来上がった服を着た。

 それは王城の中に居ても不思議ではない服ではあるが、王城に居るような貴族が着るには少し質素であった。下男の服、と呼ぶのが適当な感じだ。

「どこからどう見ても都会に出てきた貴族の三男坊って感じね」

 事実そうだから何も言えない。

「俺は下男として城に潜入するってわけか」

「そう。俺の部下としてね」

「・・・・・・は?」

 俺はスルビヤの言っていることが、いまいち理解することが出来なかった。

「アテネ姉様が騎士団の剣術指南役として王城に出仕することになったんだ。俺は姉様の秘書で、ルシウスは秘書補佐ってこと。というわけで、これからよろしく」

 スルビヤと共同作業だなんてセバスチャンの野郎一言も言ってなかったぞ。

 スルビヤは俺よりも見栄えのいい服に袖を通し、俺に見せびらかしてきた。そのまま服屋で一夜を過ごした後、いつの間にやら店の前に止まっていた馬車で俺達は王城へと向かった。

 夢に出てきたのがルフィではなく、血を纏ったクーニャの姿であったことだけは、何故かはっきりと覚えていた。



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