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百六 学生、捕らえる

 俺がパーティー会場に着いた瞬間、ふっと会場の灯りが消えた。突然の暗闇に、学生たちは同様の声を上げる。

 俺は夜目が利くと言っても、広い会場の中、月明かりすらも乏しい状況下で個人個人の顔を判別できるような能力は持たない。

 ちくしょう! これじゃあなんもできねえ! 何か方法はないのかよ! レンたちはさっきと同じ場所にいるのか? いや、命が狙われるとわかっている人間をずっと同じ場所にとどめておくか? 安全な場所に移動しているかもしれない。でも俺はそれをどうやって判断する? 方法は? 方法がない。早くしろ! 人の命が掛かっているんだぞ。 ・・・・・・ちくしょう、駄目だ、何にも思いつかない。くそっ、くそお!

 思わず地団駄を踏んだ時、俺の懐でかしゃりと何かが鳴った。

 ・・・・・・そうか!

 俺は懐から取り出した黒縁眼鏡を掛けた。暗闇で人の輪郭がわかる程度であった俺の視界は一転して、個人個人の顔の形がはっきりと見えるようになっていた。

 よっし!

 魔力は赤外線の様なものなのだ。一見真っ暗なようでも、人間は絶えずその光を発している。

 俺は人の波をよけながらレンとルフィの姿、そしてクーニャの姿を探した。

 一見しただけで確実にそうだとは断定できないが、俺は三人の姿を見付けることが出来なかった。

 もし会場にいないとしたら、一体どこへ? 待て。慌てるな。考えろ。考えろ。少し待てばスルビヤが会場にやってくるが、あいつが使える追跡魔法は魔力の痕跡がないとその使用者を辿ることは出来ない。つまり奴は当てにならない。落ち着け。考えろ。考えろ。

 ──────待て、逆に考えろ。暗殺者はどうやってこの暗闇の中を移動してルフィを暗殺するんだ。夜目が利く? もしくは、俺と同じように暗闇の中でも人が判別できる人間であるはずだ。つまり、そいつはこの会場の中で自由に動くことが出来る人間ということだ。

 俺は再び周囲を見回し、動いている人間を絞り込む。ただし、目的地があるように、真っ直ぐ、淀みなく歩いている人間だ。

 一人だけいた該当者の腕を、俺は走り寄って掴んだ。


「────────クーニャ」


 彼女は驚いた顔を俺に向けた。しかし、茫然としていたのはあくまで一瞬だけで、クーニャは直ぐに自然な笑みを浮かべた。

「良かったあ。突然真っ暗になって、心細かったんですよ」

「俺も、君に会えて良かったよ」

 クーニャは「まあ」と言って驚いた。その後、ふふふと笑い出した。

「私を探していたんですか?」

「ああ。そうだよ。・・・・・・ちょっとこちらに来てくれないか?」

 俺はクーニャの手を引いて、彼女と一緒にパーティー会場の外に出ようとした。もうすぐ入り口の所にスルビヤが到着するはずだ。

 しかし、彼女は動こうとしなかった。

「どこに行くんですか?」

「ここは暗いからね。一旦出入り口に行った方が良い。月明かりでよく見える」

「・・・・・・それは、困りました」

 瞬間、俺はクーニャの腕を放し、全力で後ろに下がった。

 俺の喉があった位置にナイフが振り抜かれる。

 俺は彼女の追撃を警戒し身構えたが、クーニャは俺に背中を向けて走り出した。俺が彼女を追いかけようとした瞬間、ぱっと灯りが付いた。

 急に明るくなった視界に、俺は思わず目を覆う。

 痛みをこらえて無理に開けると、ぼんやりとして何も見えなかった。

 俺がようやく灯りに慣れた頃、どこからか叫び声が聞こえた。

 ───────まさか!

 俺は声のした方へと向かおうと人波を掻き分けるが、突然近くにいた男子生徒に抑え込まれた。

「動くな!」

 力で無理やり返そうと思った所、何人もの生徒に立て続けに抑え込まれ、俺は身動きが取れなくなった。

「放せ!」

「黙れ外道!」

 一体何なんだこいつらは、と思っていると、俺の目の前にウラル・ラッスィーヤが現れた。

「ウラル、ちょっと助けて」

「・・・・・・貴方のこと、見損なったわ」

 ウラルがそう言った後、俺の体を何かが包み込んだ。・・・・・・結界だ。恐らくウラルの仕業だろう。だが、一体なぜだ?

「一体何をしているんだ?」

 瞬間、俺の首が急に締まる。痛みと呼吸の苦しみに暫くあえいだ後、首の締まりは解かれた。

「いい加減罪を認めなさいよ」

 周りの生徒に無理やり起こされ、俺は自分の姿を見ることになる。

 俺の服に、すっと一直線に赤い線が走っていた。恐らく、人の血だ。

 いつの間に? いや、そんなのいつか決まっている。クーニャがナイフを振りかぶった時だ。てっきり俺を殺すための攻撃だと思っていたのに。・・・・・・いや、避けられてもいい攻撃だったということか。

 というかそんなことより! ルフィは?

「シルフィアさんはどうなったんだ!?」


 パシンッ、と音が鳴る。


 俺の頬が、ウラルによって思いきり引っぱたかれたのだ。

「貴方が! 殺したんじゃない!」

 人の群れの奥、言葉を失い涙を流し続けるレンと、彼に抱きかかえられている、血を流してぴくりとも動かなくなったルフィの姿が、目に飛び込んできた。

「保健室の先生は!」

 俺は反射的に叫んだ。

 まだ間に合うかもしれない。どうしてみんな、そんな諦めたような顔をしているんだ! 誰か呼びに行けよ。

「動かないで」

 保健室へと走り出そうとした俺の体は、纏わりつく結界によって無理やりその場所に固定されてしまった。

「先生を呼ばないと!」

 ウラルは何も言わず、黙って指をさした。

 その方向は、レンとルフィがいる場所。横たわる少女の側に、少し前にヴェニア・バルカンの全身やけどを一瞬で直してみせた保健室の先生がいた。

 何をしているんだ! 早く直せよ。何でぼうっと見ているだけなんだ。早く! 動けよ。早く!

 保健室の先生は動かない。ただじっと、眠るように瞼を閉じた少女の横に立っているのみであった。

 どうしたんだよ。早く治せよ。早く。早く・・・・・・。

 保健室の先生は動かない。レンも動かない。そして、ルフィも。まるで、彼らのいる場所だけ、時が止まってしまったような気がした。

 治さないのではなく、治せないのだ。

 その事実が意味するところを、俺だけが呑み込めずにいた様だ。


 ───────死。


 それは平等に、誰の許にも訪れる。勿論、俺も一度経験した。だが、それが何だって言うんだ。なぜ今だと言うのか。

 シルフィア・スカンジナビアは、死んだのだ。

 悲しみに沈むパーティー会場。俺はまだ受け止めきれず、手立てはないものかと目を動かした。

 すると視界の端に移ったのは、笑みを浮かべるケルンの姿であった。



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