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百五 学生、宿敵の名を聞く

 俺がしばらくの間スルビヤの報告を待っていると、ロバートの部屋の窓が大きく開け放たれた。ハトが驚いて一時窓から離れるも、やがて窓枠に戻っていた。

 スルビヤが窓から顔を出し、下にいる俺に声を掛ける。

「駄目だ。全然魔力の痕跡が見つからない」

 まあ、部屋で魔法をぶっ放すなんてことも普通はないだろうしな。

 俺は掛けていた黒縁眼鏡をスルビヤのいるところにまで放り投げる。スルビヤが危なげなく俺の投げた眼鏡を手にした。

「そいつを掛けてくれれば、何か見つかるかもしれない」

「わかった」

 スルビヤが顔を引っ込めた後しばらくして、「おお」という感嘆の声と共に、直ぐに彼が窓から顔を出した。

「居場所わかったぞ! 森の方だ」

 そう叫んだ後、スルビヤは窓を閉め、俺のところまで走って戻って来た。俺はその間、ロバートが森へと向かった理由を考えていたが、何一つあり得そうな予想が浮かんでこなかった。

「この眼鏡すごいなあ。魔力に色が付いて、こう、はっきりと見えたって言うか」

「・・・・・・その眼鏡、売れるかな?」

「そりゃ売れるだろ。衛兵とかに売れば大助かりだ。・・・・・・でも、デザインは見直した方が良いと思うけど」

 それは俺の技術が拙くてかっこいい眼鏡のフレームが作れなかっただけだ。

 スルビヤから受け取った眼鏡を懐にしまいつつ、森へと走って移動しながら俺は彼に尋ねた。

「ロバートが森にいる理由って、何だと思う?」

「まあ、普通に考えたら一つくらいしか浮かばないけど、今の状況を踏まえると何とも言えないなあ」

「え、普通に浮かぶ理由って何?」

「そりゃ・・・・・・ねえ?」

 何で濁すんだよ。

「普通は思いつくことなのか?」

 答えを訊くのが少し悔しくなり、俺は少しでもスルビヤからヒントを抜き出そうと彼に質問をしてみた。

 しかしスルビヤは笑ってごまかすばかりであり、ロバートがいる辺りに着くまでに俺が何かを思いつくことは無かった。

「この奥にいるんだよな?」

「・・・・・・まあ、入るよな」

「嫌なのか?」

「・・・・・・いや、万が一のことを考えると気まずいというか、何と言うか」

 どうやら、普通の理由は命の危険があるようなものではないらしい。勿論森の奥で殺し合いをしている、ということでもないだろう。

 俺がずんずんと夜の森の中へと入ると、ロバートは事の他あっさりと見付けることが出来た。しかし、状況が何とも形容し難かった。

 端的に言えば野外プレイである。

 ロバートと相手の女性は俺達に気付くと、間抜けな叫び声を上げた後に、「な、何なんだよお前ら~!」と慌てて服を着だした。

 見られて喜んじゃう人達じゃなくて本当に良かった。いや、良くは無いが、悪いとも言えない。確かに学生寮の壁は声が漏れてしまうだろうから、血気盛んな若者たちが溜まったものを発散できる場所など限られているだろう。彼らは成人しているのだから自己責任でしたいことをすればいい。

 しかしマルセイジュといいロバートといい、貴族というものは外でするのが好きなのだろうか。アオカンで生まれたからアオだよ、なんて安直な思い付きで子供に名前つけてしまったらどうするのだろうか。目も当てられないよ。

 ロバートがきっちりと服を着終わった後に、俺は彼に話しかけた。

「ロバートさん。俺は貴方に話が合ってここに来たんですが」

「だからってこんな所普通来ないだろ! 何がしたいんだよお前たちは!?」

 ロバートの相手の女生徒は木の後ろに隠れて出てくる気配が無く、ロバートも今すぐ俺達に立ち去るようにと念を送ってきていた。

「ロバートさん。ハトのことについて話したいんですが」

 ロバートの顔がはっとした。暫く何かを考えた後、女生徒に「ここで待っててくれ」と言って、俺とスルビヤ、そしてロバートは森の手前まで戻って来た。女生徒とは距離が空いたので、彼女に聞かれる心配は小さいだろう。

「お前達、家名は?」

 ロバートの問いは、俺達がエクサゴナル公爵と同じ政治派閥の一家とドゥイチェ公爵家と同じ政治派閥の一家、そのどちらに属しているのかと尋ねているのだろう。

「俺達は中立派ですよ」

「何で中立派が接触してくるんだ。お前たちの家は派閥替えをするというのか?」

 雰囲気から派閥どうこうの話ではないと察したのか、怒ったふりをしたロバートが俺達の許を去ろうとするが、俺は彼の肩を掴んで止めた。

「女性を置いてどこに行こうというのです?」

「お前達には関係ないだろう」

 ロバートは俺の手を振りほどこうとするが、俺は彼の肩をしっかりつかんで放さなかった。

「貴方の想像通り、貴方の部屋の窓の所に、ハトが止まっていますよ」

「・・・・・・何の話だ」

 一瞬動揺を見せたロバート。直ぐに取り繕うが、時すでに遅し。

「俺達が既に中身を見ておいたので大丈夫ですよ」

「貴様、何をして」

 大声を出して掴みかかろうとしてきたロバートの頬を鷲掴みにし、そのまま彼の体ごと浮かせた。

「簡潔に答えてください。貴方がここ最近でした報告と受けた指示、全て話してください。これは、まだ、お願いですよ」

「・・・・・・おりょしてくれよ」

 俺が手を離すと、ロバートは地面に落ちて尻もちを突いた。

「・・・・・・お前たちが見た手紙の内容を教えてくれないか。そうしないと話せない」

 これは話すべきなのだろうかとちらりとスルビヤの方を見たが、彼は構わないとでも言うようにコクリと頷いた。

「・・・・・・暗殺命令です」

 それだけ言うと、ロバートは大きく溜息を吐いた。

「そこまで無能だったとは」

 俺は何も言わず、彼が言葉を紡ぐのを待った。

「ご存じの通り、俺はエクサゴナル公爵家の派閥だ。ノルマン伯爵家はね、甘い汁が吸いたいんだよ。大きな家同士が争っていると、俺達には金がポンポン入ってくるわけ。俺達に離れて行って欲しくないから、向こうも必死になるわけよ。

 最初に受けた指示は、ただマルセイジュの様子を報告することだけだった。つい最近までその指示が変更されることは無かったんだけどね。ここ最近、何でか知らないけどマルセイジュとエルゼスが仲良くなっちゃって。ケルンもエルゼスに対しアプローチを取らなくなってしまったんだ。

 婚約者の問題が片付いちゃうと、表立って両家が争う理由が無くなっちゃうわけ。最近王様は両公爵家の争いに口を出すようになってきてさ。表立った対立が無いと、俺達が吸える密の量が減っちゃうわけよ。

 我が親ながら本当に頭が悪い。貴族を殺すことがどれだけリスクがあることかわかっていないんだ」

「・・・・・・それで、誰に頼むつもりだったんですか?」

 俺の問いに、明らかにロバートは動揺した。

「貴方はマルセイジュの観察もパパラッチに任せていた。きっと暗殺の方を、任せられる相手がいるんじゃないんですか?」

 証拠はない。だが、確信はあった。理由は単純で、俺とは真逆の性格の様な気がしたからだ。危険に自ら飛び込んでいかないタイプ。

 もし違っていたとしても、それはそれで構わないんだが。


「───────マクマホン」


 ロバートがその名前を呼んだ瞬間、背筋を悪寒が走った。訳も分からず、脳裏にちらつくクーニャの姿。

 俺は無我夢中で走り出した。スルビヤは俺の後を直ぐに追いかけようとしてくれたが、彼の足ではあっという間に距離が開いてしまった。

 しかし、彼が追いつくのを待っている余裕はない。そう感じた。

 間に合え!

 俺は無我夢中でパーティー会場を目指した。



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