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百三 学生、ゲームの一場面を目撃する

「君は今、肌の白い女性と言ったのかい?」

「そうですよ! わざわざ繰り返さなくても・・・・・・」

 怒っていたはずのヴェニアの顔が、段々としぼんでいた。しょんぼりと落ち込みだす彼女の様子が心配だったが、それ以上に背後で繰り広げられるイズミルとスコットの会話が気になって仕方が無かった。

「俺は話の通じない人間がこの世で最も嫌いなんだ」

 もはや、王子は殺意にも近い感情をイズミルへと向けていた。あれほどまでに猛っている相手を前に、どうしてイズミルは真正面から立ち向かっていくのだろうか。まさか、王子が怒り心頭であることがわからないはずがない。

「ルシウスさん。話聞いて」

「ヴェニア、ごめん、ちょっと待って」

 俺は彼女の唇の前に人差し指を立て言葉を制した。

 瞬間、背後から叫び声が聞こえた。思わず振り向くと、びしょ濡れになっているイズミルと、空のコップを握りしめているスコットの姿があった。暫くの間会場を静寂が支配していたが、スコットの制止を振り切ってヘレナがイズミルの許に駆け寄り、彼の顔をハンカチで拭き始めた。

「殿下、いくら何でも」

 ヘレナがスコットに話しかける頃には、既に彼らに大量の学生の注目が集まっていた。ばつの悪そうな顔をするスコットは、「行くぞ」とヘレナの手を取るが、彼女に振り払われてしまう。

「彼を放ってはいけません」

 強い意志を宿した少女の瞳。スコットは彼女を強制させることが出来なくなり、「勝手にしろ」と言い残してその場を離れた。

「ハンカチ、ありがとうございます」

「大丈夫です。一旦会場の外に参りましょう」

 ヘレナとイズミルの進む道は、まるでモーセの紅海渡りの様に人が引いていった。開いた道を進みヘレナとイズミルが外に出るまで、不思議と誰も言葉を交わさなかった。

 彼らが会場を去った後、少しずつパーティーは本来の雰囲気を取り戻したように見えたが、そこにはどこかぎこちなさが残っているような気がした。

 スコットは何であれほどまで怒っていたのだろうか。

 俺が王子の不自然なほどイズミルを拒絶する態度を訝しく思いつつヴェニアに視線を戻すと、彼女の顔が耳の先まで赤くなっていた。

 何事だよ。

 俺が「大丈夫?」と声を掛けるも、彼女の首がこくこくと赤べこの様に動くだけであった。

 体調が悪くなったのかと思い、俺は彼女を伴い会場の端に向かった。こういう豪華なパーティーの会場には疲れた時に座れるような椅子が置いていないので、あまりにもひどいようならヴェニアを背負って学生寮まで連れていくことも俺は多少覚悟した。

「体調、悪かったらちゃんと悪いって言ってくれよ」

「・・・・・・はい、大丈夫、ですから、そのル、シウス」

「とりあえず、少し端で休憩しよう」

 とは言ったものの、イズミルが去った会場に見るべきものなどあるのだろうかとあたりをきょろきょろ見回して、ふと仲睦まじげな様子のユークレインとウラルの姿が目に留まると、俺は思わず顔がほころんでしまった。

「・・・・・・どうかしたんですか?」

 ヴェニアが俺の顔を覗き込むような形で尋ねてきた。彼女の顔色は元に戻っており、少し体調が回復したことが伺えた。

「知り合いが楽しそうにダンスを踊っていたから、ついね」

「・・・・・・ルシ、ウス、は、どうして今日、私と一緒に参加してくれたんですか?」

 外堀が着々と埋められたしヤンデレの報復が怖かったからなんて口が裂けても言えない。やばい。何か言わないと。

「美女の誘いを断る男はいないだろ」

 ヴェニアは何も言わなかった。

 やばい! はずい! 完全に滑ったあちくしょうかっこつけすぎた。ああ、恥ずかしい恥ずかしい。やばいどうしよう。中二病だった自分を思わず思い出してしまったわ。ああ、もうやだ。黒歴史追加決定。

 俺が内心ひーこら言っているとは露程も知らないのだろう。ヴェニアは出来るだけ平生を装った顔で俺に尋ねてきた。

「・・・・・・先程の女性と私、どっちがきれいですか?」

 先程の女性? それはクーニャのことでいいのか? でもヴェニアは「白い肌の女性」と言っていた。だが、クーニャの肌色は浅黒かった。遠くから見て見間違えたのか? それとも、俺以外の人間を俺だと勘違いしてしまったとか?

 しかし、この質問答え一択じゃん。「仕事と私、どっちが大切なの?」みたいな訊かれた時点で関係終了の質問よりはマシだけども。というか、正直俺にとって女性の容姿はエルトリアを見てしまって以来、正確には女神様を見てしまって以来、きれいとかきれいじゃないとか全くわからないんだが。

 ここまでの思考を一秒以内に終わらせた後、俺は少女の瞳を見詰めて言った。

「ヴェニア」

 彼女は一瞬口元が綻んだ後、はっとして直ぐにそっぽを向いてしまった。

 ヴェニアの髪の隙間から、赤く染まった耳が顔を覗かせていた。俺は何気なく、本当に何気なくその赤を指でなぞった。

 びくりと体を震わせて、ヴェニアが俺の方を見た。ほんの少しだけ目に涙を浮かべていたので、俺は泣かせてしまったのかと慌ててしまう。

「・・・・・・触るなら、言ってからにしてください」

 え? 触っていいの? いや、それはそれで変態っぽいぞ。というか、もししてしまったから俺は既に変態なのでは。俺、姉に恋してから性癖歪んでしまったのでは?

「・・・・・・じゃあ、触るよ」

 っておい何言ってんだよ俺えぇ!

 と内心ツッコミを入れつつも、俺の手はヴェニアの耳へと向かった。つつつ、と耳の縁をなぞり、その耳たぶを指で挟む。

 指が動く度に身が震える少女の様子に、俺の中に何か邪な感情が芽生え始めていくのを感じた。俺ってサディストだったっけ。極めて善良な人間であったはず。人を拷問したことなんて人生一度もないくらいだ。

 それ以上いけない、という天からのお告げがあり、俺ははっとしてヴェニアの耳を撫でるのを止めた。

 危うく危ない扉を開くところだった。

 少女は上目遣いに俺を見た。

「・・・・・・パーティー、抜けませんか?」

 もしかして退屈になったのだろうか。しかし、当初の目的であった会話も聞けたことだし、俺がこの会場にこれ以上いる意味は確かに存在しないのだ。

「そうしようか」

 そう言って歩き出そうとした時、ほとんど無意識の内にパーティー会場の中央に目を向けた。

 ダンスを踊る貴族たちの中に、思いがけない組み合わせがあった。ケルンとクーニャのペアであった。

 良く見れば、マルセイジュとエルゼス、レンとルフィがペアで踊っている。連続で同じ人と踊るということもそうあるわけではないのだろう。偶々ケルンとクーニャがペアになっただけなのかもしれない。

 しかし、先程のヴェニアの言葉がどうしても気がかりだった。

「ヴェニア」

「な、んでしょうか?」

「ケルン・ゲルマニアって顔わかる?」

「はい。ドゥイチェ公爵家の長男ですよね。有名人ですから」

「そのケルンと踊っている人」

 そう言って俺が指をさした方向にヴェニアが顔を向けると、途端に彼女の顔が不機嫌になった。

「先程、ルシウスが踊っていた女性ですよね。・・・・・・やはり、ああいう白い女性が好みなんですか? 確かに、私は少し日に焼けていますけど」

 やはりヴェニアは白と言った。お互いの色の認識が違う? 色盲? それとも、他に別の要因があるのか?

 俺は懐から黒縁眼鏡を取り出して掛けた。

クーニャを見ると、彼女の姿がぼんやりと光っているように感じた。

魔法なのか? でも、先程間近で見た時は特に光っているとは感じなかったのに。

 俺は疑問を覚えつつも、ヴェニアと共にパーティー会場を出た。



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