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第八章 第二幕

 ***


 観客席へと移動した直後、ジラザがまず一番に感じたのは、昼までは吹いていなかった風が吹いている事だった。

 遠方の空に見える雲の動きは、なかなかの速度だ。

 その事実にジラザは、

「こりゃ願ったりだな」

 と会場の喧騒に紛れて一人言ちた。

 少し辺りを見回すと、すぐに華瑠の姿を発見した。人ごみを掻き分け近づき、声をかける。

「よぅ」

「アーッ、シショー、遅いヨー!」

 振り向いた華瑠の声は、応援のし過ぎでガラガラになっていた。

「お前、酷い声してるな……」

「ヘヘヘ、一杯一杯応援してるからネ!」

「そいつぁご苦労さん。んで、どんな感じだ?」

「ルーちゃん達は、さっきから吹き出した自然風のおかげデ、ちょっと前に三位になりましたヨ」

「三位か……」

 口ひげを一撫ですると、ジラザは目の前を流れて行く鴻鵠の群れに目を移した。

 コバルトブルーの羽は、太陽の下ではよく目立つ。

 5番リング直後の人口風に乗っているバラクアは、そのまま6番リングへと下降していくが、直進では無く、まるで空気の柱の周りを回るように、くるくると蛇行しながら落ちていく。そのスピードは、恐らく先程まで三位を守っていたであろう8番選手をぐんぐん引き離し、前を行く1番選手に迫りつつあった。

 人口風の勢いを利用したまま、上空から吹きつける自然風に、丁寧に乗り続けているのだ。目には見えない自然の風を、手に取るように正確に理解していなければ、土台無理な荒業である。

 ――何だかんだ言っても、ガイゼルの血は、伊達じゃねぇってか……。

 ジラザはそう思い至ったが、すぐに、

 ――いや、親父は関係ねぇか。あいつはあいだ……。

 と思い直し、僅かに唇を歪めた。

 このペースのままレースが進むのならば、現在二位の1番選手にも容易に追いつくだろう。1番選手も自然風を上手く利用してはいるが、ルティカ達と比べると、スピードは然程伸びていない。

 だが、その更に前にいる7番選手もまた、突然の自然風を味方につけていた。二位の1番選手をグングン引き離し、独走態勢に入っている。

「華瑠、あの7番付けてんのが、こないだの坊っちゃんだよな?」

「ウン、そうヨ! 今日のレースもとっても強いネ!」

「そうか……」

 口髭をいじりながら、ジラザは先頭をひた走るレベの飛行を見つめていた。雄々しく飛ぶその姿に、瞬間、ガイゼルの相棒であるアルバスの姿が重なった。それはまるで、優秀な父親の血を受け継いでいるのは、ルティカだけでは無いと主張している様であった。

 ――へっ、俺もヤキが回ったかな……。

 次々にリングを通過していくレベのスピードは凄まじく、このペースで行くならば、恐らく優勝は確実であろう。

 ジラザは、ルティカ達には悪いと思ったが、このレースはレベ達の勝利だと確信した。

 そんな折、レベがもたついていた周回遅れの選手を、12番リングの手前で抜き去ろうとした、まさにその時だった。最下位の6番選手が、今正に抜かれてしまいそうになる刹那、レベ達に対しパストを繰り出したのだ。

 予期せぬ攻撃にレベはバランスを崩し、そのまま地面へと降下していく。幸いにもリングへの激突は免れたものの、かなりのタイムロスとなるのは必至だ。

「アノ6番の黒い鴻鵠、スタートしてスグ、ルーちゃん達にもパスト使ってったのヨ! 性格悪いネ!」

 華瑠がプリプリと怒りながら、両の拳を強く握り締めている。

 独走していたトップが最下位にパストを食らうと言う予期せぬ展開に対し、レース的には面白くなったと言う歓声と、6番選手へのブーイングとで、会場は大音声に包まれる。

「まぁ、スタート直後の嫌がらせはともかく、今のは抜かれたら即座に失格になっちまうからな。向こうさんも必死なんだろうよ」

 何にしても、これでルティカ達にも勝ちの目が見えてきた。だが……、

 ――こんなクソみてぇなハプニング紛いの展開で勝ったとしてだ。これで、あいつらが納得する様なタマか?

 ジラザの胸の内に、ふと、そんな疑念がよぎった。


「あいつ、またやりやがったわ……」

 前方を飛ぶベート達を常に視界の端に捉えながら飛翔していたルティカの目に、6番選手の起こしたパストの気流にレベが巻き込まれ、バランスを崩してしまう姿が映った。幸い大事には至っていない様でホッとしたが、目の前で起こった出来事が何故だかとても不快に移り、殆ど反射で6番選手を睨みつけ、毒づいていた。

「また? ってことは、もしやスタートの時に俺達に仕掛けてきたのも?」

「そう、あの6番選手よ」

「お前、あいつらの仕業だって気づいてたのか?」

「まぁね。一瞬だったけど、あの黒い尾羽が見えてたからね。」

「そうだったのか」

「それで結局最下位なんだから、ざまぁ無いわよ。そもそも、弱いから小細工に頼るしか無いって発想が、そもそも気に食わないのよね。最下位の起こしたヤケで、トップの足が引っ張られるレースなんて、見てて気分が悪いじゃない」

「そう言ってやるな。6番の奴も、周回遅れの失格を避ける為に必死だったんだろ。気にするな」

「バラクア、あんな奴の事庇うの?」

「俺は、レースに集中しろと言っているだけだ。あんなパスト如きで、お前が心配しなきゃならん程、レベさん達は弱いのか?」

 芯を突いたバラクアの言葉が、6番に釘付けになっていたルティカの目線を、前方へと引き剥がした。

「それもそうね。むしろその程度の相手だったら助かるんでしょうけど、そう甘くは無いわよね」

 バラクアの後頭部を、ポンポンと軽く叩き、ルティカは力強い笑みを浮かべた。

「ありがとねバラクア。そうよね、私達は、私達のレースを思いっきり全力でやりゃあいいのよね!」

 見事に再び気合いの入った相棒が自分の首元で吼えるのを聞き、バラクアは密かにほくそ笑んだ。

 ――単純でありがたい。これはまさしく、こいつの長所なんだろうな。

 風に乗りながら下降したバラクアは、勢い良くレベル1の7番リングを潜り抜けると、U字を描くようにすぐさま上昇し、レベル2の8番リングを目指す。

「バラクア! 丁度8番リングを潜ったところで、設置してある人口風と同じ方向から強風が吹くと思う。乗って旋回出来たりする?」

「おう、任せろ!」

 バラクアは威勢のいい掛け声と共に、8番リングを潜り抜けた。

 ルティカの予想通り、バラクアが8番リングを潜り抜けた瞬間、右側から強烈な自然風が吹き荒れた。予測が立っていれば対処も造作無いものなのか、バラクアは吹き荒れる強風をいとも簡単に乗りこなした。そのまま猛スピードで低空を旋回し、彼自身が一陣の風にでもなったかの様に、鮮やかに9番リングから11番リングを潜り抜けていく。

 そんなバラクアに対してルティカは、先程から不思議な思いを抱いていた。

 ルティカは確かに自然風の来るタイミングを一足早く感じる事が出来る。だけどそれは、例えば今の強風でもそうだが、何秒後にどの程度の風がどう言う風に吹く、と言うような正確な情報では無い。

 あくまで、この感じならこの位の風がこっち側から吹く、様な気がする、と言う感覚レベルの話なのだ。

 それなのにバラクアは、ルティカが教えた僅かな情報を受け、まさにぴったりのタイミングで、吹き起こる風に対応出来ている。

 それはまるで、自分の心がバラクアと繋がっているような感覚。

 自分自身が、バラクアの身体に溶け込んでいるような感覚。

 人馬一体、ならぬ、人鳥一体とでも言うのだろうか。

 ――まるで、バラクアと一つになったみたい……。

 その不可思議な感覚が、ルティカの身体の中を熱いうねりとなって駆け抜けていく。その熱さの正体は、今までのレースとは比べ物にならない程に湧き上がる、自信に他ならなかった。

 ――勝てる、今の私達なら負けようが無いわ。

 そんな自信に満ちたルティカの頭の中に、一つ、不安要素として燻ったままの蟠りがあった。

 他でも無い、先程から姿の見えないベート達の事である。彼らがパストを食らったのが12番リング付近。随分と差は開いていたので、知らずに抜いてしまっている、と言う事は無いだろう。だがもしこのままのレース展開ならば、いつしか知らぬ間にベート達を抜き去る事になるかもしれない。心配しなきゃならない程、あいつらは弱いのか、と言ったバラクアの言葉は、確かにその通りだと納得するし、油断は禁物だと言う事も分かる。

 ふと前方を見据えたルティカの視線の先には、14番リングへ向けて下降する1番選手の姿しか見えない。予定外の自然風に煽られてあたふたしてしまっているあの選手を抜くのは、今の彼女達ならば容易な事だろう。

 だが、

 ――贅沢言える立場じゃ無いけど、このまんまじゃ何かスッキリしないのよねぇ……。

 ライバル不在のままでの勝利を想像してみるが、それは何処か釈然としない代物の様に思えてしまう。

 レースに使う頭はこれ以上冴えていながら、心はグダグダと煮え切らないままだった。

 だが、その刹那。

 煮え切らない心に構っている余裕が無くなる程の強烈な風の気配を、ルティカの冴えた頭と五感は敏感に感じ取った。

 どの方向かも分からない。

 強さの度合いも分からない。

 しかし、ルティカの胸の内にある警報機はカンカンと喧しく鳴り響き続けている。

 このままリングに向かうのは、危険であると……。

「バラクア、何か分かんないけど、今から物凄い風が吹くかもしんないの! なるべくリングから距離を取るようにして頂戴!」

「何だと! 分かった!」

 ただ事では無い様子を感じ取ったのか、バラクアは即座にルティカの言葉に従う。12番のリングへと向かって上昇していたバラクアだったが、そのまま12番リングを通過し、周辺にリングの無い遥か上空で周囲に睨みを利かせる。

 シャンの鴻鵠レースの際に最も危険なのは、何と言ってもリングや人口風力装置などとの接触事故であろう。鴻鵠同士の接触も確かに危険だが、凄まじい速度で硬質な人工物にぶつかるよりはまだマシと言える。

 バラクアがジロリと周囲を一睨みした、正にその瞬間だった。二人のほぼ真正面から、とてつもない勢いの突風が襲い掛かってきたのだ。吹き荒れる風は彼女達の横を掠め、そのまま会場の底を這うように下へと吹き荒れた。そしてU字を描く様な上昇気流となって、今度は二人を下から吹き上げる様に二人を襲ったのだった。

 ルティカの指針で言えば、風の強さは9だろう。

 フィオーナの会場は、時折海からの風とビル街の風が混じり合い、不思議な気流の強風を生み出す事があった。偶然に生み出されたその現象も、ドラマティックにレースを演出する上での欠かせない要素として、フィオーナの鴻鵠産業を支えている一面もあった。だがしかし、突如として襲い掛かる突風など、レースに参加している選手達にしてみれば、たまったものでは無い。

 突風は勢いよく吹き荒れはしたが、その勢いは長くは続かずに、即座に落ち着きをみせた。だが遥か下には、先程まで前を飛んでいた1番選手が、よろよろとした動きで地面へと着地する姿が目に入った。風に煽られ、リングにでもぶつかってしまったのだろうか。レースへの復帰すら困難かもしれない。

 ルティカの予想がズバリ的中したお陰で、バラクアはレース場の遥か上空に居た為に見事に難を逃れた。上空では風の勢いも懸念していた程では無く、予め翼を畳んでおいた事でバランスを崩す事も無かった。その為、未だに慌てふためいている他の選手達を尻目に、すぐさま再び12番リングへと向かう事が出来た。

 ルティカの類まれなる風読力によって、彼らは誰もが予期し得なかった突風を先読みし、危機を回避した。圧倒的優位な状況に立ち、本日のレースの趨勢は最早決まっただろう。単独で悠々と上空を飛翔するバラクアの姿に、観客の誰もがそう思った。

 ところがである。

 そんな観客達の予想は、直ぐに覆る事となる。

 ライバル不在となったバラクア達が12番リングを通過しようとした、まさにその直前、二人の眼前に緋色の翼が力強く翻った。

 見紛う事無き、レベの翼である。

 6番選手のパストに飲みこまれた直後から、レース場の地面付近にて再び体制を整えながら、彼らは好機を伺っていた。そして先程の突風の最後、会場の底をさらう様に吹き荒れた上昇気流に見事に乗り、凄まじいスピードのまま上方向へと12番リングを潜り抜けたのだった。危機回避は出来たものの、改めて無風の中を滑空し直したバラクア達と比べ、その速度は雲泥の差と言えた。

 ピンチを回避するだけでは無く、逆にチャンスへと変える事で、見事に遅れを挽回し再びトップへと返り咲いたレベとベート。

 優勝候補が見せた鮮やかな逆転劇に、会場が色めき立つ。

 嘴の先を掠めて、掴んだ筈のトップを銜えて飛び去っていくその後姿に対し、ルティカとバラクアは、まるで示し合わせた様に同時に叫んだ。

「そうこなくっちゃね!」「借りを返させてもらうぞ!」

 レベの尾羽に食らいつくように、バラクアも12番リングを潜り抜ける。

 不意に追い抜かれてしまった事には面を食らったがルティカ達だったが、続けて13番リングを潜り抜ける二頭の差はほんの僅かであった。

 レベル4の位置から二頭連なったまま急下降し、レベル1の14番リングへと向かっていく。

 白熱したデッドヒートのその最中、ルティカの全身にふっと怖気が走る。

 ――ヤバイ、これって、スピード出過ぎてる……。

 このままでは地面に激突してしまうかもしれない。そう感じたルティカは、すぐさまバラクアにその旨を告げる。

「そうだな、向こうさんも同じだろう……」

 バラクアも同意見だったのか、すぐにやむを得ず一度減速した。

 ところが、レベはリングと地面が近づいても、一向に減速する気配を見せない。

 少しずつ、少しずつ二頭の差が開いていく。ルティカは奥歯を噛み締めながら、徐々に遠くなっていってしまう、レベの首元に跨るベートの姿を凝視していた。

 ――ここら辺が、ギリギリのラインじゃないの?

 これ以上は危険だろうと予想したギリギリのタイミング。その刹那、ルティカの目に、レベに向けて何かを言い放つ様に動く、ベートの口元に目線が吸い付いた。

 何と言ったのか、と思案する間も無かった。次の瞬間にルティカの瞳に映ったのは、翼を素早く動かしながら、まるで減速をして近づいてきたかの様に大きく映る、レベの羽ばたきだった。

 レベがこちらに向けて、パストを繰り出して来たのだと理解したのは、更にその一瞬後の事だった。

「バラクアー!」

「分かってる!」

 ルティカが悲鳴の様に声を上げたのと同時だった。バラクアは広げていた翼を瞬時に片翼だけ閉じ、そのまま横方向へと旋回をし、パストで乱された気流の回避を試みる。

 このスピードのままバランスを崩してしまえば、間違いなく地面に激突する。

 早めの減速が功を奏したのか、何とかパストの気流を回避出来た。バラクアは一度少し上昇してから、再び14番リングへと向かう。だが、嘴が触れそうな程の距離まで追いつめたレベの姿は、既に17番リングを潜り抜けた位置を飛んでいる。

「くそっ、やられたわ!」

 思わず、ルティカは歯ぎしりをする。

 相手の作戦にまんまとハマってしまった結果、再度リング三つ分の距離を開けられてしまった。

 本来パストとは、羽ばたき方を変える事で、後方の気流を乱す技だ。だが、飛んでいる最中に羽ばたき方を変える為、スピードは確実に落ちると言うデメリットがある。

 それを、逆手に取ったのだ。

 減速をしなくてはいけない場所で、パストを行う。それにより、後ろの選手への攻撃と減速を、同時に行う事が出来る。

 溝を空けられた事を悔しがる時間も惜しいのか、バラクアは無言でレベ達の後をすぐさま追いかける。

 レベル1の位置に連続して並ぶ14番リングから18番リングを矢の様に通過し、そのまま19番リングへ向けて上昇する。

 一歩先を行くレベ達は、20番リングを潜り、一足先に五周目へと突入した。

 追いつきそうで追いつけない事が、歯噛みする程悔しい。だがそんなライバル達の尾羽を追いかけながら、ルティカは心の底からワクワクした熱い感情が上ってくるのを感じていた。

「くっそー! やってくれるじゃないの、マジ最っ高よあんたら!」

 強さ。

 ライバルの強さが、逆にルティカの闘争本能に火をつける。

 四週目の20番リングを通過する。

 最後の一周。

 ベート達との距離は、およそリング4つ分。

「バラクア、2番リングの前にある人口風は、今はかなり強いわ。8ってところね。向かい風だから、バランス崩さないようにして。逆にその後にある、5番リング後の風は弱いわ。3しか無いわね。減速が効かないから飛び出し過ぎないようにして」

 ルティカは1番リングを潜るよりも先に、5番リングまでに設置された風力装置の情報をバラクアに全て伝えた。

「任せろ! 自然風の方は頼んだぞ!」

 即座にバラクアから、こちらの意図を汲んだ力強い応答が返ってくる。いつもよりも特に頼もしく感じるバラクアの言葉が、ルティカの胸の内を強く揺さぶる。

 不覚にも緩みそうになる涙腺から顔を覗かせる雫を、気合で無理矢理に引っ込めた。だが、そのツンとした鼻の奥の感覚が、バラクアと共に過ごしてきた今までの鴻鵠士人生を、ルティカの脳裏に思い起こさせた。

 思えばルティカは、いつもバラクアに助けられてばかりだった。

 そう、もしもバラクアが居なければ、ルティカは未だに悲しみの淵に身を窶したまま、自室の隅に身を潜めてめそめそと泣いていたかもしれないのだから。

 ――ありがとね、バラクア……。

 だから、言葉に出すのは恥ずかし過ぎるから、バラクアの頭頂部に軽く手を触れ、心の内だけで、そんな謝辞をそっと手向けた。そして再び、ルティカの視線は前方を飛ぶベート達へと移る。

 6番リングに差し掛かる手前で、レベは先程パストを食らわされた6番選手をさらりと抜き去った。

 周回遅れとなった6番選手は、この時点で失格だ。

 だがレベは、失格の決まった6番選手の前に立ちはだかると、まるでさっきのお返しだとでも言うように、6番選手にパストをお見舞いした。

 6番選手はレベの起こした気流の乱れに両翼を取られ、そのまま会場の端へと吹き飛ばされていった。

 足掻きながら飛ばされていく6番選手を見つめるベートの口元が、笑みの形に歪む。その挑発的な態度に、心の内がより燃え上がるのをルティカは感じた。

 ――へぇ~、ボンボン故の、完璧主義ってか?

 確かに、スタート直後に攻撃を食らったルティカも、6番選手への印象は最悪だった。だからベートの感情も理解出来なくは無い。だが、今はレースの終盤であり、自分と鎬を削っている状況だ……。

 ――そんな状況でよ、態々減速してまで、周回遅れの選手にパストを食らわせようなんて……。

 沸騰しそうな血液に水をかけるように、誰にも聞こえないであろう空中で、悪態を敢えて声に出す。

「余裕ぶっかましてんの? それとも、何? 私達なめられてるのかな? ねぇ、バラクア……」

 無理矢理に貼り付けた満面の笑顔は、見た者を恐怖に陥れる事受けあいであろう。

 バラクアは先程のルティカの指示を見事に取り入れ、5番リングをサラリと潜り抜けた。先を行くベート達は、6番選手に気を回した所為か

、未だ7番リングと8番リングの間を飛翔している。

 二頭の差は、リング2つ分にまで縮まっていた。

「今に見てなさいよベート! その性格が命取りだって事、思い知らせてやるわ!!」

 ルティカは貼り付けていた笑顔を解き、眉を吊り上げて高らかに叫んだ。

 ――お前がすぐ熱くなるのも、いつか命取りになりそうだがな。

 相棒の逆鱗に触れる事はせず、バラクアは心の内だけで一人言ちた。

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