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第五章 第八幕

 二人の声に対し、華瑠が盛大に拍手を打ち鳴らした。

「凄いヨ二人とも。シショーはレース直前の、ギリギリのギリギリまで気づかねぇかもしんねぇって言ってたノヨ」

「そりゃそうよ! 見ての通り、私達は実績は無いけど実力はある、とっても優秀なコンビだもの。見くびってもらっちゃ困るわよ。ねぇ、バラクア」

「俺はお前の、そうやってすぐ調子に乗るところも、かなり重大な弱点だど思ってるけどな」

「なぁんですって!」

 冷静沈着の衣を潔く脱ぎ捨てたルティカは、その場で勢い良く立ち上がった。

 だけれどその瞬間、

「トリャーー!」

 威勢のいい掛け声と共に、すかさず華瑠は再び風力装置のスイッチを、今度は8つ纏めて全部入れた。

 風力装置達がどんどんと熱を帯びていき、次々に容赦の無い強風を吐き出した。

「ちょっと華瑠! 何してくれてんのよ!」

 突然吹き荒れた乱風に対し、ルティカはすぐさま鞍へと座りなおした。そしてバラクアに対し、再び指示の嵐を投げ放つ。

「バラクア、風来た! 翼立てて!」

 だが今度は、ルティカの動きと指示を読みながらスイッチをいじっていた先程とは違い、八方向全部から連続で風が吹いてくる。

 その為ルティカは、

「右側がちょっとで、左側は一杯! そんで軽く回って!」

 どうしても言葉が追いつかなかった。

「うおぉ! ちょっととか、一杯とか、どう言う事だ! 軽く回るってどの位だ!」

 混乱しながらも何とかルティカの指示をこなそうとするバラクアだったが、最早何をどう動かしているのか本人すらも分かっていないであろう程に、ぐるぐるぐるぐると回転し続けている。まるで踊りの下手くそなリードに力任せに振り回されてしまっている、哀れなダンサーを彷彿とさせた。これを滑稽だと論じてしまうのは、些か無情が過ぎるだろうか。

「そんじゃ、すぐにシショー呼んでくるからネ。ちょっとの間頑張っててネ~」

 そう言うと華瑠は、手にしていたスイッチを纏めてその場に置くと、二人にくるりと背中を向けて、さっさと厩舎へと走って行ってしまった。

「ちょっと、華瑠! スイッチ、スイッチ止めてってよぉ!」

 ルティカの叫びは空しくも、人工的に起こされた風に吹き飛ばされて、舞い上がり掻き消える。

「あーもう! えーっとね、バラクア、ちょっと待ってね! 右後ろからとか、左斜め前とかから風が来てるわ!」

 先程よりも圧倒的な情報量の為か、それとも突然の華瑠の行動に動揺したのか、今度はルティカの方が混乱し始めた。指示とも言えない言葉の羅列が、風の中に紛れていく。

 ――あー、ちょっと待ってよ! こんなんどうすりゃいいのよ!

 頭を掻き毟るルティカ。ところがそれとは対称的に、今度はバラクアが器用にくるくると回りながら、次々と風をいなし始めたる。

 暴風吹き荒れていた周囲が、風の勢いは変わらない筈なのに、スッと穏やかになった。その様子に、首元のルティカは驚きを隠せない。

「ちょっとバラクア、あんた凄いじゃない。これ、どうやって風の流れ読んでるのよ?」

 ネイバーを通し、相棒の涼しい声が返ってくる。

「ああ、さっきまでと違って、途中で風の流れが変わる事が無いからな。これだったら一度慣れてしまえば、決まった法則通りにかわすだけだから造作も無い」

 そう至極当然に言い放つ相棒の様子を上から見つめながら、ルティカの頭には一つの思いが巡っていた。

「それってさぁ、今は、私の指示が必要無いって事?」

「そうだな。これなら、今はお前の指示はいらない。寧ろ無い方がありがたい位だ」

 未だに強く吹き荒れる風の中で、優雅にダンスを踊るバラクアが、ルティカには信じられなかった。先程まで混乱の渦に巻かれてしまっていたのは、確かにバラクアの筈だったのだ。それが、今はこうして逆になっている。

 ――これって、私とバラクアで、感じられる風の情報が違うって事? 私は今まで、鴻鵠は鴻鵠士の指示が無いといけないものだって思ってた。でも、そうじゃないのかな? もしも、もしもお互いの得意分野を、読む事の出来る風を分け合う事が出来るなら……。

 何か物凄い事を閃いた様な予感に駆られたルティカは、溜まらずバラクアへ興奮気味に声を掛けた。

「ねぇねぇバラクア! もしかしたら、やっぱり私達って、物凄く相性のいいコンビなのかもしれないわ!」

「はぁ? いきなりどうした? 何がどうなってそう言う結論になったんだ? 根拠は何だ?」

 風と戯れるバラクアは、ダンスの横槍に当然の疑問をぶつける。それに対してルティカは、自分の考えがまだ纏まって無いにも関わらず、満面の笑みで答えた。

「何となく! そう思ったのよ! でも、間違い無いわ!」

 勢いだけで物を言う癖は、そう簡単には治らないようである。


「おう、意外と早く気付いたな。あの坊っちゃんへのライバル心のお陰かもしんねぇなぁ」

 思っていたよりも早く呼び出されてしまった為に、吸いかけの葉巻を半分以上置いてくる羽目になったジラザだったが、ルティカ達の予想外の成長がお気に召したのか、僅かに口元をニヤつかせている。

「そうなのよ! 私達に足りないのはチームワーク! 二人で飛ぶって言う意識と一体感が足りないかったのよ! どうしたらいいのかはまだ良く分かんないけど、それは分かったのよ! だからおっちゃん、早く飛行訓練に戻ろうよ! バラクアと一緒に飛びまくれば、きっとその答えが見つかると思うの!」

 嬉々として報告してくるルティカの言葉に、先程まで笑みで歪んでいたジラザの口元が、今度はへの字の方向へと歪む。深いため息のおまけ付きだ。

「なぁルティカ。お前、本当はまだよく分かってねぇって事はねぇよな? 早く飛行訓練がしてぇってだけで、勢いで言ってる訳じゃねぇんだよな?」

 ジラザの眼光が、一瞬鋭く光を放つ。

「そ、そんな事あるわけないじゃないのよ!」

 強気に言い返すルティカだったが、その足元にいるバラクアも、ジラザと同じ気持ちだった。

 ルティカとバラクアの弱点の根っこは、確かに二人の意思の疎通の甘さ、呼吸が合わないと言う部分に寄るところが大きいだろう。だが、それはまだ、入り口にしか過ぎない気がしてならない。その弱点の奥に、もっと根深い、根幹を揺るがすような何かが眠っているような気がしてならない。

 そもそも、例え問題がそれだけだったとしても、それならばどうすればいいのかと言う、解決策への解答が丸々残っているのだ。にも関わらず、ルティカはいつもの、早く目一杯空が飛びたい病と言う、悪癖が飛び出して来てしまっている。

「ルティカよぉ。お前は、あの坊っちゃんをぶっつぶすって言ってたよな? だったら、どうすればいいか、何が自分達に足りねぇのかってのを、お前らが自分達で気付いて、これだって思えるものを見つけねぇと駄目なんじゃねぇか? 人からポンと貰ったとしても、それが簡単に身につくようなもんだったら、こんなに楽な事はねぇだろうけどよぉ、そうじゃねぇ気が、俺はするなぁ」

 思わず押し黙るルティカと、神妙にジラザの言葉を胸に落とし込むバラクア。

「この訓練はな、俺から出せるギリギリのヒントだ。だから、暫くは我慢して、これやっとけ。よーく頭と身体動かして、今までの自分振り返りながらやってみろ。俺に言えるのはそれだけだ」

 声色こそ厳しい音だが、その裏には確かな親心が感じられた。

「ヒント……。おっちゃん、これがヒントなのね?」

 ジラザの瞳を真っ直ぐに見つめながら、ルティカは呟く。

「そうだな、あくまでお前達を見てきた俺の意見って事になっちまうが、これがギリギリ出せるヒントだ。少なくとも、闇雲に飛行訓練を繰り返すよりは、役に立つだろうよ。ただ答えが見つかるとも限んねぇし、俺の意見を鵜呑みにする必要は全くねぇ。どうする?」

 こちらへと向けられている真っ直ぐなルティカの瞳を押し返す様に、ジラザは目を細くしてルティカの瞳を、そしてバラクアの瞳を見つめ返した。

 一瞬の沈黙。そして、何かを決意したかの様に、ルティカの首が二度小さく、縦に揺れた。

「……うん、分かったわ。私、おっちゃんを信じる」

「俺の事を信じてどうすんだよ。その大事な言葉は、足元に居る相棒に言ってやんな」

「うん、それもそうね」

 にやりと笑うジラザの言葉を受けた後、ルティカは一度地上へと降りた。そして自分の身の丈の倍以上あるバラクアの身体を、正面から強く抱きしめる。

「バラクア! 今度のレースもよろしくね! 特訓もよろしくね! 信じてるからね!」

「ああ、こちらこそよろしくな」

「寧ろ愛してるからね!」

「それは御免こうむる」

「御免こうむらないの! 頑張ろうね! 私も、空飛ぶの我慢して頑張るから!」

 ルティカの発言に、バラクアは若干複雑な思いと、言い知れぬ不安を抱いた。だが、目線の先に居たジラザが、

 ――そいつを頼んだぞ、バラクア。

 そんな瞳をバラクアに向けて来た、ような気がした。ジラザの目線への返答になればと、バラクアは鋭く息を吸い込み、ヒュルルルル、と高い声音で一度空に向かって嘶いた。

 ルティカはその嘶きを、自分への返事だと感じたのだろう、先程よりもより一層強くバラクアを抱きしめたのだった。

「そんじゃ、特訓再開しましょ!」

 C級フレイク杯まで、残り5日……。

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