第五章 第七幕
ルティカが再びバラクアの首元に跨ったタイミングを見計らい、華瑠は手元に抱えた8つのスイッチを使い、二人を取り囲む人口風力装置を次々と操り出した。
最初は小さく、だが徐々に激しく唸り声を上げ始めた風力装置達は、身体が暖まり、準備が出来たものから順に、二人に向かって、強風・微風、様々な強さの風を吐き出していく。
「はい、バラクア! 翼立てる!」
「いきなりだな」
「いいから早く!」
バラクアはルティカの指示通りに、両翼を大きく上にあげた。だがそれは、強風と翼が真正面からぶつかる形となってしまい、バラクアは思わずバランスを崩し転びそうになる。
「うおっと!」
ルティカが慌てて追加の指示を出す。
「違うわよバラクア、立てるのは右だけでいいのよ!」
「じゃあそう言ってくれ!」
「その位分かるでしょ!」
「ったくぅ!」
悪態を吐きながらも、バラクアは左の翼を即座に畳む。風をすり抜け、体勢が立て直りそうになった所を狙い、華瑠はすかさずスイッチを操作した。先程とは真逆に風が流れるように、風力装置の強弱をいじっていく。
8つの風力装置を使い、次々に風の強さや方向を入れ替えていく事で、バラクア達の周囲には、自然界では起こらないような特殊な気流が生み出されていた。その風の向きを即座に、そして明確に読み取り、風に巻き込まれてしまわないように、流されてしまわないように、翻弄されてしまわないように、ルティカはバラクアに指示を与え続けた。
「後ろ斜め向いて! でも向き過ぎないで! そしたら次に右側の翼を強く仰いで! あ、違う、強すぎ、もっと繊細に! その後は左側の翼水平に! 左はそのままで右の翼は45度の角度キープ! ああもう、それじゃ角度甘いでしょ、風に引っかからないようにしてよ!」
まるで山の全てを飲み込む雪崩の様に、ルティカの指示が風と共にバラクアを襲う。
その結果、
「うおおおおおおおぉぉぉ! こっちか! こうか! うわっぷ、こっちか! これでどうだ! これでもか! くそおおおおおぉぉぉぉ!」
華瑠の起こす風と、ルティカの指示に見事に翻弄される、被害甚大なバラクア……。
完全に混乱の極みにあったバラクアは、遂にギブアップの声を上げた。
「うおおおおおい!! ストップ! ストップだ! 頼む、ちょ、ちょっと待ってくれ! 華瑠、一回止めてくれ!」
バラクアの満身創痍の声を聞き、華瑠は全ての風力装置の電源をオフにした。
「ちょっと、バラクア。何勝手に止めてんのよ!」
「いや、ちょっと待ってくれ。何だこれは、全く意味がわからない……」
「でしょ? バラクアもそう思うわよね。本当に、こんな風が流れるだけの単調な訓練に、何の意味があるんだか」
ルティカの発言に、思わずバラクアは目が点になる。
「あー、ルティカ。違う、そうじゃない……」
バラクアは、言葉を探すように暫し黙考したが、上手い言葉が見つからずに、結局思ったままをストレートに告げる事にした。
「全く意味が分からんのは、お前の指示の事だ。何を言っているのかさっぱりだ」
「はぁ? なぁんですって、それこそどう言う意味よ!」
「駄目ヨ、ルーちゃん!」
大声を出すルティカに、華瑠の声が強めに被さる。
「シショーに言われたでショ? 興奮しないノ! バラクアの言う事、ちゃんと聞いてあげるノ!」
「……分かってるわよ。それに、別に興奮なんてしてないわよ。冷静沈着ないつものルティカちゃんよ」
バツが悪そうに一つ咳払いをしたルティカは、首元からバラクアの顔を覗き込んだ。
「それでバラクア、私の指示の意味が分からないって、どう言う事よ?」
いつもと違い、すぐに怒りの矛を収めたルティカに対し、バラクアは表には出さないがかなり驚いた。
――こいつも、聞く耳を持てるようになったのか? それだけ、今度のレースに注力をしていると言う事か?
一瞬の思考の後、バラクアは一つ深呼吸をした。そして先程までの訓練の様子を頭の中で反芻しながら、ゆっくりと声を紡ぐ。
「んー、そうだな。正確に言うと、お前の指示の意味が分からないと言うよりは、俺の頭と身体が追いついていないのかもしれない。ちょっと、ゆっくりと整理をさせて欲しい。なぁルティカ。お前は風が吹き始めた時、俺にどんな指示を出していた?」
「え? バラクア、ちゃんと聞いて無かったの?」
「違う、そうじゃない。ちゃんと聞いてはいたが、吹いてくる風に対し、お前が俺をどう言う風に動かしたくて、その指示を出したのかが、俺にはまるで伝わって来なかったんだ。だから、指示に対しての解説が欲しい」
「そう言う事ね~。ん~っとね……、だから、それは、あれよ! 風が来るってのが分かるじゃない? その風を、バラクアがひらりとかわすように……」
そこまで言うと、ルティカは考え込むように止まってしまった。
「……えーっと、かわすような指示を、したはず。うん、そう。たしか、翼を動かしてって言ったのよね……」
バラクアが呆れ半分に、ルティカの頭の中を代弁する。
「つまりは、よく覚えてないんだろ?」
「はぁ? そ、そんなこと無いわよ! だから、あれよ……。翼立てて! とか、言ってたわよね?」
自信無さげに呟くルティカへ、憤る訳でもなく、バラクアは淡々と告げた。
「ルティカ、お前の弱点が何となく分かったぞ。普段のお前の行動から気づくべきだった。お前は確かに、風読力に関してはかなり優れているんだろう。人が気づくよりも早く、吹くであろう風の方向と強さが分かると言うのは本当なのだろう。だけどお前は、そこで終わりなんだ。感覚で捉えた風の動きを、感覚のまま俺に伝えようとしているんだ。だけどその指示は、あまりに感覚に頼りすぎている為、曖昧なものになってしまっている。出した指示が俺に明確に伝わって来ないのはそのせいだろう。要は、勢いだけで物を言ってしまっているんだ。お前自身、自分がどんな指示を出したのか覚えていないいのが、そのいい証拠だ。思い当たる節は、あるんじゃないか?」
「ち、ちょっと待ってよバラクア。確かに勢いで物を言ってる自覚はちょっとはあるわよ? でも、でもよ、指示がちゃんと伝わらないってのは、私だけのせいじゃないんじゃない? 勢いだろうと感覚だろうと、私はちゃんと指示を出してるんだもの。それって、バラクアの理解力も足りてないって事になるんじゃないの?」
「その通りだな。勿論それもあるだろう。俺が理解出来ればそれで終わる筈の問題なんだ」
てっきり憎まれ口を言い返して来るだろうと想定していたルティカは、バラクアが自分の悔しさ交じりの八つ当たりを素直に受け入れた事に驚いた。
「何よ、随分素直じゃない? 変な物でも食べた?」
「俺は別に、お前と喧嘩がしたい訳じゃない。今は次のレースで勝つ為に、自分達の事を分析しているんだ。そこに余計な感情が入る程、無駄な事は無い。そうだろ?」
バラクアの真っ当な言い分に対しルティカも、
――まぁ、確かにそうよね。そんなつまんない事気にしてる場合じゃなかったわ……。
と、いつに無く冷静な心持ちを保つ事が出来た。冷静沈着ルティカちゃんは、今日だけは詭弁では無いかもしれない。
「分かったわ。今回の事に関しては、確かにあんたの言ってる事が正しいみたいね。だけど、だったとしたら、その答えは超簡単よ。詰まる所、今までの敗因は、私の指示とバラクアの動きが、上手く噛み合って無かった事が原因って事よね?」
「それだけでは無いだろうが、大きな要因ではあるだろうな。俺達がレースで勝てなかった理由は、本当にシンプルで、だからこそ難しいとも言えるものだって事だ」
そうして、二人まるで計ったかのように、同時に声を出した。
「「チームワーク」」




