表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレスキル【言質札】の第二王子、王国の膿を言葉ごと暴きます  作者: あゆと
第2章 王都勢力図編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/16

称賛の書状

 机の上に、俺を褒める書状が積まれていた。


 どれも、紙が上等だった。

 封蝋も美しい。

 文字も丁寧で、香まで焚きしめられているものがある。


 王都軍務親睦会。

 神殿慈善局。

 民声同盟。

 王都商会連絡会。

 貴族院王統保全派。


 どれも、俺を支えたいと言っている。

 どれも、俺を守りたいと言っている。

 どれも、俺の働きを称えたいと言っている。


 だからこそ、机の上に並べた。


 胸にしまわない。

 すぐ返事もしない。

 誰かの好意として受け取って、笑って終わらせない。


 言葉は、きれいなほど先に並べる。


     *


 王宮政務局の小執務室には、俺と宰相補佐ラウル・グレイン、書記官見習いミレイア・クロウ、そして壁際のセリア・ランバートがいた。


 正式な大会議ではない。

 だが、臨時監札官補として俺が初めて扱う案件だった。


 案件。


 俺を褒める書状をそう呼ぶのは、少し冷たいかもしれない。


 しかし、紙の上の善意ほど、冷やして見た方がいい。


 ラウルが眼鏡を押し上げる。


「殿下。まず分類しましょう。称賛、招待、後見、協力提案、抗議に近い牽制。この五つです」


「表面上の言葉と、本当に求めているものを分けます」


 俺がそう言うと、ラウルは一通の書状を取った。


「最初は王都軍務親睦会です。軍務局の元高官、軍務貴族、軍需商会の顔役が集まる、国防を名目にした社交団体です」


 封蝋には、槍と月桂冠が刻まれていた。

 軍務局の正式組織ではない。


 だが、軍務局に影響を持つ者たちの集まりだという。


 ラウルが文面を示す。


「第二王子殿下の国防へのご関心と、辺境兵への温かきご配慮に深く敬意を表します」


 言葉は美しい。


 だが、俺の目はすぐ次の行で止まった。


「つきましては、次回親睦会にて殿下より短きご挨拶を賜りたく、事前に御発言案を拝見のうえ、会の趣旨に沿う形で調整させていただければ幸甚に存じます」


 事前に。

 発言案を。

 会の趣旨に沿う形で。

 調整。


 セリアが壁際で、ほんの少しだけ視線を動かした。


「殿下の言葉を、先に預かるつもりです」


 短い判断だった。


 ミレイアが記録板へ書く。


「称賛。招待。発言案の事前提出要求。発言調整希望」


 彼女はそこで一度、手を止めた。


「これは、称賛ではなく発言管理です」


 ラウルがうなずく。


「良い整理です」


 ミレイアは少しだけ背筋を伸ばした。

 褒められても、もう謝らない。


 俺は書状に手をかざす。


【証拠札】

王都軍務親睦会 招待状

内容:第二王子レオンへの称賛、親睦会挨拶依頼、発言案の事前提出および会の趣旨に沿う調整希望。

確認者:レオン・アルディリア

場所:王宮政務局小執務室

日時:春月二十日


 白い札が、俺の視界に生まれた。


 まだ開示はしない。

 まず残す。


「返答は、挨拶辞退でお願いします」


 俺は言った。


「理由は、辺境装備の再発送状況を確認中であり、王都の親睦会で国防を語る段階ではないからです」


 ラウルの口元が、少しだけ動いた。


「そのまま返すと、かなり嫌がられます」


「では、手続き上の文に整えてください」


「承知しました」


 ひとつ目。


 称賛の中には、俺の言葉を先に縛る紐が入っていた。


     *


 次は、神殿慈善局だった。


 封蝋は白い環。

 神殿慈善局は、王都の救済院や孤児院への寄付、配給、慰問を取りまとめる神殿側の部門だ。


 救済院の件を受けたものだと、開く前から分かる。


 ラウルが書状を広げる。


「神殿慈善局は、救済院の食材運用改善について、殿下へ感謝式を行いたいとのことです」


 俺は文面へ視線を落とした。


 神の慈悲。

 王家の温情。

 救済の光。

 子らの感謝。


 並んだ言葉は、どれも柔らかい。


 だが、次の一文で喉の奥が冷えた。


「救済院の子ども数名を同席させ、神殿と王家の慈悲を広く示したい、とあります」


 薄い粥。

 底の見える椀。

 具のある夕食を見て、目を丸くした子ども。


 あの子たちを、今度は壇上へ並べる気か。


「断ります」


 俺は言った。


 ラウルはすぐには返事をしなかった。

 ミレイアの羽根ペンも止まった。


 セリアだけが、静かにこちらを見る。


「救済院の子どもは、神殿の反省を飾る花ではありません」


 自分の声が、思ったより冷たく聞こえた。


 怒鳴ってはいない。

 だが、指先が冷えている。


「食事が届かなかったことを確認したばかりです。その子どもたちを壇上に立たせ、感謝の形に使うのは違います」


 ミレイアが、ゆっくり書いた。


 神殿慈善局。

 感謝式。

 救済院児童の同席希望。

 神殿と王家の慈悲を示す目的。

 殿下判断、拒否。


 ラウルが言う。


「救済院の改善報告自体は必要です」


「はい。報告は受けます。食材の到達状況、受領札、食堂側の確認、子どもの出席なしで」


「神殿には痛い返答になりますな」


「痛いのは神殿でいいでしょう」


 俺は書状に手をかざした。


【証拠札】

神殿慈善局 感謝式提案書

内容:救済院食材運用改善への感謝式開催提案。救済院児童数名の同席希望。神殿と王家の慈悲を広く示す趣旨。

確認者:レオン・アルディリア

場所:王宮政務局小執務室

日時:春月二十日


 白い札が残る。


 これは、まだ不正ではない。

 だが、危うい善意だ。


 子どもの椀を薄くした後で、子どもの笑顔を飾ろうとする。


 そういう言葉を、俺は信用しない。


     *


 三通目は、民声同盟からだった。


 封蝋は簡素だ。

 紙も高級ではない。


 民声同盟は、弱者救済と民意の反映を掲げる王都の改革派団体である。貴族院や神殿を批判する声も強く、下町の若い文官や学者、慈善家が出入りしているらしい。


 文面は熱かった。


 弱き民の声。

 虐げられた子ども。

 腐った王宮。

 立ち上がる新しい風。


 書いた者は、本気なのかもしれない。

 本気で怒っているのかもしれない。


 だが、本気であることと、正しいことは同じではない。


 ミレイアが文面を見て、眉を寄せた。


「殿下を、苦しむ民の代弁者として演説会へ招きたいそうです」


 代弁者。


 その言葉だけで、返事を急ぐべきではないと分かった。


 俺は、まだ民を知らない。


 救済院の子どもを見た。

 辺境兵の靴を見た。


 だが、それだけだ。


 それで民の代弁者を名乗るのは、あまりに軽い。


「返事は保留します」


 俺は言った。


「彼らの中に、本当に困っている民を助けたい者がいる可能性はあります。そこまで否定はしません」


 ただし、演説会には出ない。


「今の私が壇上に立てば、彼らは『第二王子も我々の側についた』と言える。まだ、その民の声が誰の声なのかも分からないのに」


 俺は書状を置いた。


「まず確認します。誰の声を集め、誰の言葉として使い、何を求めているのか」


 ミレイアが記録板へ線を引いた。


「民の声。収集元。発言者。要求内容」


「はい」


 ラウルが頷いた。


「政務局で団体登録、資金の流れ、代表者、過去の陳情記録を確認しましょう」


 セリアが、低く言う。


「人が集まる場所は危険です。殿下が行かれるなら、先に場所を確認します」


「まだ行きません」


「では、誘導される予定だった場所だけでも確認します。誰が出入りし、どの扉から殿下を壇上へ上げるつもりだったのか」


 なるほど。


 演説会に行くかどうかではない。

 誰が、どこに、俺を立たせたいのか。


 そこを見る。


【証拠札】

民声同盟 演説会招待状

内容:第二王子レオンを、苦しむ民の代弁者として演説会へ招待。王宮の旧弊と対峙することを期待する文面。

確認者:レオン・アルディリア

場所:王宮政務局小執務室

日時:春月二十日


 白い札が残る。


 これで三つ。


 称賛。

 美談。

 代弁者。


 言葉は違う。

 だが、どれも俺をどこかへ立たせようとしている。


     *


 四通目は、王都商会連絡会だった。


 王都商会連絡会は、大商会同士の利害調整を行う商人組織だ。表向きは物流の安定と公正な取引を掲げているが、王都の指定商会制度にも強い影響を持っている。


 文面は穏やかだった。


 辺境物流の改善に協力したい。

 公正で効率的な流通体制を整えたい。

 王家と商会が協調し、民と兵を支えたい。


 きれいな言葉だ。


 だが、ミレイアがすぐに一行を指した。


「ここです」


 そこには、こう書かれていた。


 なお、混乱を避けるため、当面は既存の指定商会制度を維持したうえで、改善を進めるのが望ましいと存じます。


 既存の指定商会制度。


 ローヴェル軍需商会が潜り込んでいた場所だ。


 ラウルの目が細くなる。


「商会側は、制度ごと壊されるのを避けたいのでしょう」


「制度が全部悪いとは限りません」


「ええ。ですが、悪用された制度をそのまま守れと言われても困ります」


 俺は書状を見た。


 民と兵を支えたい。


 その後ろに、既存制度の維持がある。


 支えたいのは、誰だ。


 民か。

 兵か。

 それとも、指定商会の椅子か。


「これは会います」


 俺は言った。


 ラウルが眉を上げる。


「条件をつけるべきでしょうな」


「はい。指定商会制度を維持したい理由を聞きます。どの商会がどの路線を持っているか。辺境向け物資の遅延、欠品、補填元。全部並べます」


 ミレイアが記録する。


「商会別、路線別、物資別」


「はい」


 俺は書状に手をかざす。


【証拠札】

王都商会連絡会 辺境物流改善提案書

内容:辺境物流改善への協力提案。既存の指定商会制度を維持したうえでの改善を希望。

確認者:レオン・アルディリア

場所:王宮政務局小執務室

日時:春月二十日


 商会は、敵だけではない。


 荷を動かす者も商会だ。

 現場へ届かせるには、商会の力が要る。


 だから、全部を斬ればよいわけではない。


 どの手が支え、どの手が抜いているか。


 見分ける必要がある。


     *


 最後は、貴族院王統保全派からの書状だった。


 封蝋が重い。

 紙も厚い。

 文面は丁寧で、少し古い言い回しが多かった。


 貴族院王統保全派は、王家の血筋と秩序を守ることを掲げる古い貴族たちの大派閥だ。父上の王権を支える一方で、王宮の急な変化を嫌う者も多い。


 王家の安定。

 第二王子殿下の御身の保護。

 若き才を正しく導く後見。

 過激な改革派から守る必要。


 言葉だけなら、父上や兄上の心配と似ている。


 だが、一行だけ違った。


 つきましては、殿下の今後の対外的発言および諸会合出席について、王統保全派の助言役を通す形をお勧め申し上げます。


 助言役を通す。


 俺は、そこを指で押さえた。


「守ると言いながら、先に動きを縛りに来ています」


 ミレイアが、記録板に書いた。


「保護。後見。発言管理。会合出席管理」


 ラウルは、その整理を見て頷いた。


「首輪という表現は記録には向きませんが、構造はその通りです」


 セリアが壁際で言う。


「安全上の助言と、政治的な制限は分けるべきです」


「会います」


 俺は言った。


 王統保全派は、父上に近い者もいる。

 すべてを敵に回せば、王家そのものを揺らす。


 だが、飲み込まれれば、俺の札は王宮の飾りになる。


「ただし、こちらの条件を先に出します」


 ラウルがペンを構えた。


「助言内容は記録対象。非公式の誘導は受けません。発言前の検閲は拒否します。安全上の助言と、政治的な口封じを分けます」


「嫌がられますな」


「嫌がるなら、守るためではなかったということです」


 俺は書状に手をかざした。


【証拠札】

貴族院王統保全派 後見申し出

内容:第二王子レオンの保護、若き才の後見、対外的発言および諸会合出席について助言役を通す提案。

確認者:レオン・アルディリア

場所:王宮政務局小執務室

日時:春月二十日


 白い札が、静かに生まれる。


 これで五つ。


 称賛。

 美談。

 代弁者。

 協力。

 後見。


 全部、きれいな言葉だった。


 そして全部、俺をどこかへ運ぼうとしていた。


     *


 ミレイアは、記録板を二枚に分けた。


 一枚目は差出人。

 二枚目は要求。


 王都軍務親睦会。

 発言案の事前提出。


 神殿慈善局。

 救済院児童を同席させる感謝式。


 民声同盟。

 民の代弁者としての演説会。


 王都商会連絡会。

 指定商会制度を維持した物流改善。


 貴族院王統保全派。

 助言役を通した発言管理。


 彼女は最後に、三つ目の欄を足した。


 誰の利益か。


 俺は、その欄を見た。


 まだ空白が多い。


 当然だ。


 今日の段階では、まだ分からない。


 だから、空白のまま残す。


 分かったふりをしない。


「殿下」


 ミレイアが言った。


「この欄は、すぐには埋まりません。でも、空けたまま並べると、何を調べるべきか分かります」


「それでお願いします」


 ラウルが、記録板を見てうなずく。


「差出人、要求、利益。よい並べ方です」


 セリアが静かに口を開いた。


「私は、会う場所と同席者を見ます」


「相手の言葉は、私とラウル殿が見る。記録はミレイア殿が見る。セリアは危険を見る、ということですね」


 セリアは短く頷いた。


「はい。部屋の出入口、手元、立ち位置を見ます」


 俺一人では、全部は見えない。


 言葉を見る目。

 手続きを見る目。

 記録を見る目。

 危険を見る目。


 軍務局の件で、俺はそれを知った。


 ラウルが書状をまとめる。


「最初に会う相手は、王統保全派にしましょう」


「一番早く首輪をかけに来ているからですか」


「ええ。放置すると、勝手に『後見予定』という空気を作られます」


 なるほど。


 王宮では、正式に決まる前から空気が先に走る。

 気づけば既成事実になる。


 なら、先に止める。


「王統保全派へ返書を。面談は受けます。ただし、助言内容は記録対象。非公式の発言管理は受けない。安全上の助言と政治的な制限は分ける。その条件で」


 ラウルが書き留める。


「かなり嫌われます」


「では、相手の目的が早く見えます」


 ミレイアの羽根ペンが止まった。

 少しだけ、彼女が笑いをこらえたように見えた。


 セリアは表情を変えない。


 だが、肩の力がほんの少し抜けていた。


     *


 書状の束は、まだ机の上にある。


 朝より少しだけ薄く見えた。


 褒め言葉の厚みが減ったのではない。

 中に入っていた紐が、少し見えただけだ。


 俺は五枚の証拠札を札庫に戻した。


 王都軍務親睦会。

 神殿慈善局。

 民声同盟。

 王都商会連絡会。

 貴族院王統保全派。


 どれも、敵とは限らない。

 どれも、味方とは限らない。


 称賛の言葉は、柔らかい。

 後見の言葉は、温かい。

 協力の言葉は、頼もしい。


 だが、その手がどこへ伸びているのかは、まだ分からない。


 民のためと言うなら、その民を見せてもらう。

 守ると言うなら、何から守るのか答えてもらう。

 協力すると言うなら、誰の利益が残るのか並べてもらう。


 俺はまだ、民を知らない。


 だから、誰かの旗にはならない。


 最初の相手は、王統保全派。


 守ると言いながら、俺の言葉に手綱をかけようとする者たちだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ