終焉
屋根の上でうずくまっていると、空が明るくなってきて、翌日を知った。
横には三滴の血だまりがある。俺は外套を脱いで赤黒いそれに掛けた。
地面に降り、コロシアムのグランドの中央へ歩く。
着いて見上げた空はからっと晴れ渡っている。
コロシアムでの四日間がこれ以上ない静寂に消えた。
通電の音が入る。
「やあ、ごくろう。やっぱり君が残ったね」
あの男の声だった。
俺は野暮ったく、たった一人で虚空を見つめる。
「じゃあ、コロシアムから出ようか」
四方向から警察が現れた。俺は抵抗せず手錠をかけられる。
「君のこれからを教えよう。君はこれから、」
もったいつけるな。分かってる。
「死刑だ。」
思ったよりも体に堪えなかった。こうなることは初めから分かっていたから。
殺し合わせて、減らせて、最後の一人だけ上手く片付ける。
効率がよくて手が汚れない方法で。
それがずっとこの男のやり方だった。
「つまらない反応だな。まあいい。じゃあ行くぞ」
またトラックに乗せられ、ごとごとごとごと場に着いた。その間、無心。予想通りの連続だった。
何時間経ったかは分からない。気付けば台の上に乗せられていた。首に縄がかかる。
絶望だろう。これから生きるために一生懸けて辿り着いて、そこは死刑場だった。その絶望に堪えることを俺は選んだ。
生きたいというのは希望だと思う。だからやつらを希望の内に沈めて、絶望は俺が全て一人で引き受ける。それが俺にとっては自分の意思で、失くした正義感と良心だった。ほんの少しだけ胸を張るための、最後の任務だった。
これからどこへ行くのだろう。
地獄か。だが地獄でまたやつらに会って、ドクターや毅葉にも会うのはなんだか疲れる。
何かの間違いで天国に行くことはできないだろうか。
逢いたいなあ。父さんと母さんに。抱き締めてほしい。頭を撫でてほしい。笑いかけてほしい。誉めてほしい。慰めてほしい。手を繋いでほしい。ぶん殴ってほしい。頬をひっぱたいてほしい。叱ってほしい。でも結局は、離れないでほしい。
押せよ、早く。
俺は、僕は、もうここにいる必要がない。
良かったよ、コロシアムに行けて。最後に僕を連れ出せたから。
僕と共にいけるなら、どこでもいい。
僕が含む想い出と俺の持つ才と事、どこでいきても歩みが止まることはないだろう。
さよなら。
ああでもやっぱり向こうでただいまと言えたら嬉しいな。
ただいまと言って、何やってるのと頬をたたかれて、泣きながら怒鳴られて、でも抱き締められて、離さないで、ずっとそのま…
昨日の昼、無造作に投げ出された人が積もった大きな穴から抜け出して、丸一日が経った。
人気のない山奥からずっと歩き続けている。ときどき左胸が強く痛んで立ち止まる。
はあはあ。
車の音がした。少し早足になると、山の麓に入り組む形で丸太を組んだ風情の隠れ家のような食事処を見つけた。
中に入ると片手ほどの客と一人の店主が怪訝な顔で振り向いた。
大きなテレビが点いていて、ニュースが流れていた。
[刑務所内で多くの受刑者を殺害した罪により桧野真崎受刑者が死刑を宣告されました]
……
違う、
「そんな安い話じゃない!」
叫ぶとまた一段階店内が辛辣に振り向く。
構わない。
何と思われようと、言われようと、真実を語るために生かされたのだから。
傷む胸がコロシアムの証として残る。生かされた証として遺る。
全てを語ろう。力ずくで口を塞がれようと、彼女にまた会えずとも、一生懸けて話し続けよう。
真実を伝えるこの口を二度と閉じない。
そうやって、この胸の傷を抱えて、
生き続けよう。




