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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第四章 双冠の英雄

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第94話 眠りの檻

「白い服の人、また出たんだよ」


 広場の片隅で、子どもたちが小声で騒いでいた。

 焚き火の残り香の中、俺は耳を傾けながら木片を削っていた。


「ねえ、ルナちゃん。ボクたちが見たの、本当だよね?」


「……うん、たぶん。あのときも、木の影でスッて消えたの」


 ルナは妙に静かな声でうなずいていた。

 いつものような元気がない。顔色も少し悪い。


 俺は木片を置いて立ち上がり、彼女の隣に腰を下ろした。


「ルナ、どうした? なんか元気ないな」


「……ねむいの」


「寝不足か?」


「ううん……ちゃんと寝てる。でも、朝起きても、まだ眠い。頭がふわふわして……」


 そう言って、ルナは自分の腕に顔をうずめた。

 普段の彼女なら、今の時間は走り回っているはずだ。


 エルンも珍しく、朝からあくびを何度もしていた。

 「少し夢見が悪くて……」と言っていたが、どこか様子が変だった。


(……二人とも、少し疲れてるだけか? それとも――)


 俺の胸に、わずかな警戒が芽生え始めていた。


 その夜。


 俺たちはいつものように、三人で夕食を囲んでいた。

 温かいスープの香りが部屋を満たし、ルナは一口食べたあと、眠そうに目をこすっていた。


「今日は、早めに寝る?」


「……うん」


「エルンは?」


「……ええ。なんだか体が重くて、少し休みたい気分です」


 俺は頷き、二人をそれぞれの布団へと送り出した。

 薪をくべ直し、家の灯りを落とす頃には、静かな寝息が聞こえていた。


 俺も寝ようかと床につきかけたとき、不意に背中に冷たい感覚が走った。


 違和感。

 空間のひずみとも、気配の変化とも違う、説明し難い感触。


 俺はそっと立ち上がり、ルナとエルンの部屋の様子を見に行った。


 布団は整っている。二人とも、穏やかな寝顔。


 ……のはずだった。


 朝。


 朝日が差し込む頃になっても、二人は起きてこなかった。


「……エルン? ルナ?」


 呼びかけても反応はない。体を軽く揺さぶっても、ぴくりともしない。


 息はしている。顔色も悪くない。熱もない。

 けれど、まるで魂だけが別の場所に行ってしまったかのように、二人とも眠り続けていた。


(なんだ……これは)


 俺の胸が強く脈打つ。


 俺は緊急でリゼリアを呼び、状況を説明した。

 彼女はすぐに応じ、二人を診たが――


「……魔力の乱れも、外部からの侵入の痕跡も見当たりません」


「でも、意識が戻らない。目も開かない。……原因は?」


 リゼリアはわずかに眉を寄せた。


「わかりません。これは……通常の眠りとも、精神的な昏睡とも違います」


 俺は拳を握った。

 ただの過労でも、風邪でもない。

 何か見えない力が作用している。それだけは確かだった。


(こんな時……何をすればいい)


 俺の中で、静かに声が響いた。


『焦るな、カイン』


 カイラン――俺と一つになった『かつての賢者』の意識。

 戦場でも幾度となく支えてくれた、もう一人の自分とも言える存在。


(……頼む。わからないんだ。どうしたらいい)


『少し考えてみるがいい。外的な痕跡がないのに意識だけが閉ざされる。

 眠りが支配されているとすれば、可能性はひとつ』


「夢魔族……ナイトメアの眷属か!?」


『ああ。彼らは直接的な攻撃ではなく、精神の隙間に入り込む。

 対象が眠っているあいだに、夢を媒介として心を絡め取り、抜け出せなくさせる』


「だから、魔力干渉の痕跡が残っていなかったのか……」


『そうだ。精神内部からの侵食は、外からの治療が効きにくい。だからこそ、相性の良い魔法が必要になる』


「相性の良い……魔法?」


『光だ、カイン。ナイトメアの眷属は闇と幻を操る。それに対抗するのは浄化と覚醒をもたらす光の魔法だ。お前はこれまで水魔法を中心に力を伸ばしてきたが、お前の魂の本質は、水のような柔軟性だけでなく、闇を祓う光の資質も併せ持っている。だからこそ、私の身体もお前を選んだのかもしれん。光の精霊――ルミナの力を借り、お前自身の光を信じろ』


 俺はぐっと拳を握った。


(よし、それなら――)


『待て』


 カイランの声が静かに遮った。


『やみくもに光を放っても、効果があるとは限らない。精神干渉の深さ、夢の重さ、それらが術式の通り道を変えることもある』


「……じゃあ、どうする」


『まずは、あの二人の状態をもっと詳しく調べることだ。夢の深度、魂の引かれ方、魔力の変質、肉体との反応……すべてを確認してから、光の魔法を展開しろ。相手が見えない以上、慎重に構えなければならん』


「……わかった」


 俺は深く息を吐いた。


 焦るな。手段はある。

 だが、一手間違えば取り返しがつかない。


(光の魔法……俺に、扱えるのか)


『お前ならできる。私の記憶は残っている。詠唱も、術式も、精霊との交信も。

 お前が本気で光を望むなら、ルミナも応えてくれるはずだ』


 その声に、心の奥がすっと静まった。


 大丈夫。

 ――俺は、一人じゃない。


 その日、俺は二人の枕元に座り、一晩中様子を見守った。


 エルンの額に浮かぶかすかな汗。

 ルナの唇が小さく震える寝息。

 どちらも、何かを夢の中で見ている。


 けれど、目を覚ますことはない。


(絶対に、連れ戻す)


 その決意だけを胸に、俺は夜明けを迎えた。

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