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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第四章 双冠の英雄

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第92話 清らかな願い

 朝、掲示板の前に貼られた紙に目が留まった。


『中央広場の旧井戸に異臭と沈殿物。浄化および調査を希望。担当:カイン』


 俺は道具袋を肩にかけ、現場へと向かった。

 生活に欠かせない水源となる井戸の整備。それは、リゼリアから俺に課せられた二度目の“仕事”だった。


 中央広場の一角にある古井戸は、丸石で囲まれた構造で、蓋はすでに半ば朽ちていた。

 その傍らでは、数人の子どもたちが集まり、小声でなにやら囁き合っている。


「お兄ちゃん、気をつけてね。井戸の中に、なにかいるかもよ!」


「夜になるとうめき声がするって、ほんとだよ!」


「妖精が住んでるって、ボク聞いたよー!」


 俺は少し笑いながら言葉を返した。


「そうか。じゃあ、まずは声をかけてから水をきれいにしてやろうか。妖精を驚かせないようにな」


「えっ、妖精と話せるの!?」


「話せたら面白いよな」


 軽口を交えつつ、俺は井戸の蓋を慎重に開け、中を覗き込んだ。

 水面は濁っており、強い匂いが立ち上ってくる。

 中を視るには、ただの水探知では足りない。


(……水の中の状態を視覚的に把握したいが、術が……)


 頭の奥に、静かな声が響いた。


『視界を共有する魔法なら、“水精の視界”というものがあった。……カイラス湖の調査時に使用された記録がある』


(カイランか。構文を貸してくれるか?)


『ああ。お前の魔力なら、精霊との同調も問題あるまい』


 俺はそっと右手を井戸へかざし、精霊に祈りを込めて詠唱を始めた。


「水の精霊ウンディーネよ。我が魔力を代償とし、澱みの底を映せ――《水精の視界 (アクアサイト)》!」


 指先に水紋が走り、波紋のように魔力が水中へと浸透していく。

 意識が水面を通じて“沈んで”いき、底に眠る汚泥と魔素の塊が視界に浮かび上がる。


 腐った水、濁った魔力、何年も放置された澱みの塊。


(……このままだと、完全に死んだ水になる)


 俺は魔力を練り直し、次の構文へと移行した。


「水の精霊ウンディーネよ。我が魔力を代償とし、澱みを流れへと還せ――《水精の環流 (アクア・ループ)》!」


 水中に螺旋状の魔力が生まれ、静かに回転を始める。

 井戸の底から浮き上がった汚泥が、術式の輪の中で濾過され、魔素の混濁を取り除いていく。


「……すごーい……」


 背後から、子どもたちの声が漏れた。


「魔法で井戸がぐるぐるしてる!」


「お兄ちゃん、魔法で水がピカピカになったよ!」


 そのとき、リゼリアが静かに現れ、澄んだ目で水面を覗き込んだ。


「……澄んでいますね。まるで、息を吹き返したようです」


「まだ完全じゃないけど、生活水として使えるようにはなった。しばらくは循環を保つ必要があるけどな」


「……ありがとう。あなたがこの里にいてくれて、よかったわ」


 リゼリアの言葉は短いが、どこまでも深かった。


 作業を終えると、子どもたちがわっと駆け寄ってきた。


「どうして水が動いたの?」「中の泥ってどこ行ったの?」「“環流”ってどういう意味?」


 俺は膝をつき、少しだけ難しさを和らげた言葉で答えた。


「水には、流れる“くせ”がある。それを無理に変えるんじゃなくて、整えてあげるんだ。魔法ってのは、そういう流れを感じることから始まる」


「むずかしいけど……かっこいい!」


 そこにルナが飛び込んでくる。


「妖精はいなかったけど、代わりにお魚がいたかも!」


「お魚!? どこ!? 見たいー!」


 笑い声が広場に響く。

 ふと気がつけば、井戸の周りには住人たちが集まっていた。


「こんなにきれいになるなんて……」


「井戸、また使えるようになるんだな……」


 その中の一人、若い母親が俺に頭を下げた。


「ありがとうございました。この井戸……私が子どもの頃に毎日使ってたんです。……もう一度、“冷たい水”を感じられて、本当に嬉しい」


「それなら……この仕事、引き受けてよかった」


 そう言いながら、俺は井戸の縁に手を置いた。


 これは、カイランの記憶を借りた魔法だ。

 だけど俺自身の魔力で、それを現実に変えた。

 今の“俺”だからこそ、できたことだ。


 ここでは、“過去”も“他人の力”も、誰かを支えるための一部になる。


 この場所で、俺はきっと——

 “生きる意味”を手に入れていける。

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