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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第四章 双冠の英雄

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第85話 閉ざされた森

 褒賞の式典が終わり、グラムベルクの街にもようやく静けさが戻ってきた。けれど俺たちの周囲だけは、相変わらずざわついたままだった。


「王都に屋敷を用意するって、本気みたいですよ。第二王子直々の招待……普通なら光栄の極みですね」


 エルンが、手にした茶をゆっくり口にしながら言った。


 俺は頷くでもなく、ただ暖炉の火を眺めていた。ギルドから与えられた部屋。今は一時的な滞在先だが、あまりにも落ち着きすぎていて、かえって落ち着かなかった。


「それでも……王都に行く気は、今はないの?」


「ああ」


 その短い返事に、エルンはそれ以上は聞かなかった。彼女は察しがいい。俺が迷っているときも、決めているときも。


 ドワーフ領で名誉を受け、ロルディアからも認められた。ならば、もうひとつ——俺の中にどうしても気になる場所があった。


 ……エルフの森だ。


 俺たちを追放したあの場所。セリスの故郷であり、俺とエルンが元いた場所。


 森の空気は冷たく、そして静かだった。


 セリスが戻ってきたのは、王都からの使者が訪れたその翌日だった。グラムベルクから直接、長距離の精霊便に乗って、エルフの森との連絡をとってくれていたらしい。


 俺はセリスに呼ばれ、ギルドの裏庭で話を聞くことになった。


「……駄目でした」


 セリスは目を伏せ、ぽつりと呟いた。


「長老会には、私の報告も、証言も、すべて……『偶然に過ぎない』『災厄を呼ぶ者が災厄を退けただけ』と、そう言われました」


 言葉の端々に、抑えた怒りと哀しみが滲んでいた。


「カイン殿がどれほどの功績を挙げたか。グロムを退け、ヴァルディスを討ったという事実がどれほど価値のあるものか……それでも、森の保守派は争いの種がまた芽吹くだけだと」


「……そうか」


 俺の返事はそれだけだった。


 予想していなかったわけじゃない。だけど、胸のどこかで、少しだけ期待していたのかもしれない。


 あの森に、自分の居場所がまたあるんじゃないかって。


「一部の長老は、外の世界で功を立てているなら、そのまま外で生きよと……」


「……閉ざされた森、か」


 俺は小さく笑った。自嘲でも、憤りでもなく、ただ、冷たい現実を受け入れるための笑いだった。


 セリスは、こちらをまっすぐ見つめた。


「それでも、私はもう一度、あの森に戻ります。あなたの功績を、偽りとして片づける人たちを、私は見返したいんです」


「……そうか」


「すみません、わがままな願いで」


「いや。セリス、お前がそうしたいなら、そうすればいい」


 俺はそう言って、そっと彼女の肩に手を置いた。


「ただひとつだけ覚えておいてくれ。お前が森の中で誰に否定されても、俺は、お前が信じてくれた想いを裏切るつもりはない」


 セリスは、わずかに目を見開いたあと、静かに頭を下げた。


「はい……必ず、また戻ってきます」


 彼女は森に背を向けるような事はしない。俺は、そんなセリスの性格を羨ましいと思っていた。


 その夜、俺は一人、ギルドの書庫を訪れた。


 数々の地図、報告書、研究資料が並ぶ中で、俺が探したのは、あの場所——フェルシアの里に関する記録だった。


 外界に開かれたエルフの里。かつて俺たちが一時避難した小さな里だ。


 そこならば、誰にも忖度せずに自分の足で生きていけるかもしれない。


 守るべき仲間のために。眠れる森の外で新しい森を作るために。


 俺はページをめくる手を止めなかった。

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